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第2話

「俺の事、思い出した?」 「まだだ。エロいキスをしてやったんだ、もう一つくらいヒントを寄越せ。」 そういうと、相変わらず腰に熱を押し付けてくる男は少し考える素振りを見せて、応えた。 「六年前、大阪、梅田。」 「6年前の大阪?」 「そうだよ、早く答えないと俺この薄いスラックス剥ぎ取るよ。」 「ン...っ、待てよ。」 首や頰を舐めていた男が、耐えかねたようにガブリ、と首に歯を立ててきた。 甘噛み程度だが、その力加減が絶妙に明親の感覚を煽った。 二人しかいない閉店後の店内。 通常より少ない明かりの中で時折溢れる熱い吐息は、 妙に興奮する。 「ね、早く思い出して...アキチカさん。」 切羽詰まった様な男の声も、明親を高鳴らせる。 だが、彼をカタコトの様に呼ぶ口調に 何処か違和感があった。 "知ってる...気がする?" 6年前という事は、明親は25歳。 その頃の大阪での思い出と言えば。 「新人研修、あとインターン...、」 ふと、男の息が小さく止まった。 大阪の梅田には、新人研修の為に指導役として呼ばれた。 その後、夏休みの大学生向けに梅田支店でインターンを預かった。 そこに、この男は居たのか。 「お前、ウチのインターン生か?」 「それは、俺の名前じゃ無い。」 「ん、こら...っ、やめろ、」 心なしか拗ねた様な口調で、男がエプロンの端から手を突っ込み 明親のシャツのボタンを外し始めた。 露わになった胸を、 両の人差し指で激しく擦り上げる。 「ぁ、あ...、く。」 久し振りに感じる他人の手は、恐ろしいほど快感を生んだ。 次第に、惚けてくる頭で明親は考える。 "そういえば、あの時は こんな欲求不満なんて無かった。" 何故だ、と考え付いて記憶を手繰り寄せる。 勿論、まだ若かった明親は せっかくの出張だからと、一晩だけの男を探そうとしていた。 そういう店も、サイトも有ったが あの頃そう言った事をした覚えが無い。 "何でだ。" 10歩進めば、たこ焼き屋のある街で 支店の近くには美味いお好み焼き屋があった。 そこで、名前を呼ばれたのを覚えている。 -アキチカさん、ってカタカタしてて呼びにくいですね。- インターンに誘われて、 そのお好み焼き屋に行った事がある。 そこで、一緒に座った男に 名前が呼びにくいと言われた事がある。 その男は、右手の人差し指の付け根に 小さなホクロがあった。 それから、そいつはお好み焼きを焼くのがかなり上手かった。 確か、その店の人にバイトに来いと誘われていた気がする。 「おい、手...見せろ、」 「え、?」 人の思考を散々乱そうと、胸の飾りを捏ねる男の右手首を咄嗟に握って掴み上げる。 「俺と、お好み焼き屋に行ったの、お前か。」 よく見ようと、掴み上げた手の指先を両手で握って人差し指を見詰める。 そこには、やはり小さなホクロがあった。 「さぁね。」 「でも、あの時食ったお好み焼きがスゲー美味かったのは思い出したよ。」 そういうと、男は少し身体を強張らせた。 不審に思って、振り向くとそこには顔を赤らめた姿があった。 やはり、彼は明親のタイプど真ん中だった。 「お前、照れると可愛いのな。」 こんな状況だと言うのに、 僅かに見知った人だとわかった途端、情のようなものが湧いてくる。 「ほんま...いらん事しいや。」 「うん?」 男が言う言葉が明親に、上手く聞き取れなかった。 ついでに言うなら意味も理解できなかった。 だが、その独特のイントネーションは やはり梅田支店で聞いた覚えのあるものだった。 そして、その声が自分をカタコトの様に呼ぶ声も思い出した。 だがそれは、 先程とはかなり違う熱量を含んだ記憶だった。 -アキチカさん、アキチカっ、さん- それは、吐息交じりの情事の記憶。 若かった二人は、熱く際限なく求め合って 確か、彼の名前を明親は呼んだ。 あまりに、ナカを抉る熱が熱く愛おしく、 好ましかったからだ。 果てる瞬間まで、この男を味わっていたかった。 喘ぐ声の中、懸命に紡いだ彼の名前は。 「フミヤ、」 "嗚呼...何で、今まで思い出せなかったんだ。" 「お前、高崎郁哉(ふみや)だろっ、!」 背中の男は、 ニヤリと笑って明親の耳を甘噛みした。 「正解。」

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