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第6話
「アキチカさん、今年も新人研修お任せしても良いですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ"高崎常務。"
その名前呼びをやめてくれたら
その話、今すぐにでも引き受けますよ。」
本社に新たに設けられた、たった12人しかいない部署にどっと笑い声が上がる。
「いちゃいちゃしないでくださいよ先輩。」
「そうですよ、目の保養にはなりますけど
正直羨ましすぎて、独り身の私たちにはツラ過ぎます。」
「僕に言わないでくれ、」
仲間や後輩に温かくからかわれても、
上司の言う事だ。
本人が非を認めない限りは逆らえない。
「アキチカさんが、会社でも
俺を名前で呼べば良いんですよ。」
「バカ言うなよ、上司にそんな口利けるか!」
「ふーん...その上司にあなた今、"バカ"って言いましたよ?」
「あ。」
長年の癖は、直らないものだ。
かつては、学生インターンだった高崎 郁哉と
そのお世話係 三浦 明親。
それから6年後、
田舎へ転勤した明親を追ってきた郁哉と付き合う事になった。
その時はまだ、
お互い名前呼びでも良かったのだが。
更に四年が経つ頃には、
お互い阿吽の呼吸で会話が成り立つ様になり、
郁哉が正式に上役へ就任したのを機に
本社の古い部署を解散、再構築した際には
それが功を奏し
会社の売り上げに多大なる貢献をしてみせた。
それが、彼らを含め12人しか居ない
新進気鋭のバイヤー専門部。
「上司にバカとは、
大変な事を言いましたね三浦さん。」
「ぁ、はい、いや...失礼しました。」
「謝罪は結構ですよ。
代わりに、私から"提案"があります。」
口調までガラリと変えてみせる郁哉。
その雰囲気に、部署中が凍りついた。
社会人の掟 No38(三浦 明親のメモ)
※この手の"提案"とは、言葉通りの"ご意見ご感想お願い"の類いでは無く、
ほぼ間違いなく"達成必至の業務命令"に違いない。
「お伺いします。」
「私をこれより、プライベートはおろか
職場であっても名前で呼ぶ事を提案します。」
「は、?」
「これが、聞けないと言うのなら
こちらにも考えがありますよ三浦明親さん?」
ぐうの音も出ないとは、この事だ。
高々意地を張ったくだらないケンカで、
上司を怒らせるとロクなことが起きない。
まさか部署内の清掃や、何かをやらされてフロア中の見世物になるような事態は避けたい。
いよいよ三十路も後半の男が、
そんな事をするのも格好が付かない。
遥か昔、学生インターンだった頃は、
素直で可愛げのある若者だった。
それがこの10年で強かで、
抜け目のない"良い大人"になってしまった。
「昔は可愛い奴だったのに。」
「そっちは、もっと凛々しかったです。」
犬も食わない何とやら、は結局
社会人のセオリー通り部下である
明親の負けとなった。
仲間と後輩の前で、
仲睦まじくお互いを名前で呼び合う姿を見せつけ剰え、頰にキスを受け女性陣から黄色い歓声を戴いた。
「ふ、みやっ、そう言うのはいいから、
家でやれよ!」
「じゃあ、帰ったら約束ですよ。」
耳元で、ひっそりとそう囁かれた。
これも、"命令"なのか。
それとも、ただの"お願い"なのか。
社会人は、ツライが
愛と仕事がなくちゃ生きてはいけない。
こらからも、こんな日々が続く。
甘く厳しく、ラッキーとアンラッキーがある世界で今日も、きっと頑張ってる人がいる。
「お疲れ様でーす。
アキチカさん居ませんかぁ?」
「ぉお、春!
聞いたよ、今度昇進試験受けるんだって?」
「はい、オレも郁哉には負けてられませんから。」
END.
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