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第7話

日向 「喉乾いた。」 「俺も。」 汗だくの身体で寝そべっていると、司がゆっくりと身体を起こす。 一糸まとわぬ姿で堂々とキッチンに向かい、ミネラルウォーターを手渡してくれた。 身体に纏わりつく汗が不快で、でも空気は心地いい。 くだらない話で盛り上がっていると、先ほど引っかかったことを思いだした。 「てか、なんであの時間にシャワー?」 「え?」 「いつも寝る前じゃん?」 俺の疑問に一瞬固まると、バツが悪そうに頭をかく。 「お前のせいだろ。」 「俺?」 意味が分からず瞬きを繰り返すと、額を指で弾かれた。 「1人でエロエロ楽しんでいるの見せつけられて、我慢する俺の立場考えろ。」 「1人でエロエロって……。てか、人の見んなよ。最悪。」 「見せたかったんだろ?俺がいる時にわざわざしてんだから。」 「たまたまそういう気持ちになったんだって。」 「溜まってた?」 「るさい!」 しつこく聞いてくる司に空のペットボトルを投げると、それを軽く受け止められてしまう。 「もう、大丈夫そうだな。コンビニ行ける?」 「うん。」 手を引かれて立ち上がると、身体は羽が生えたように軽かった。 「そういえば、さっきの可愛かったな。」 「ん?」 「シャツをぎゅーって握るの。またやって。」 「絶対やんない。」 先ほどの優しさの欠片はなく、嫌な笑みを浮かべながらそう言うと 俺に着替えのシャツを放り投げる。 「馬鹿にしやがって。」 「いつも可愛いって褒めてるのに、なんでお前はありがとうの一言が言えない?」 「じゃあ司は可愛いって言われたら、嬉しい?」 「俺は可愛くないし。」 「確かに。」 「だろ?お前の専売特許だ。」 そう言ってふわりと微笑む顔が、可愛くないわけはない。 でも、それを知っているのは俺だけで十分だった。 世間一般から見たら、どう頑張っても可愛いという分類には属さないけれど…… 司の目にそう映っているのなら、それでいいか。 そう思うと、気持ちもふわりと軽くなった。 どちらかと言えば、恋人に頼られる男に成長したいところだけれど このポジションも悪くはない。 司の横で、いつまでも泣き虫な俺でいたいから。 外は既に薄暗かった。 でも、気温は昼に比べたら少しましな程度。 時折吹く風が、熱を纏った肌に心地いい。 黒い空からは、蝉の声がうるさいくらいに降ってくる。 見えない存在が妙に不気味で、逞しい腕にしがみついた。 「手、繋ごう?」 「ああ。」 先ほどのような怪訝な顔はされず、汗ばんだ指を絡ませて並んで歩く。 大したことではないけれど、とても嬉しい。 コンビニに着くと、一目散にアイスコーナーに向かう。 そんな俺の様子を横目で見つつ、司はいつものアイスを迷わず選んだ。 「うわー、新商品出てんじゃん!」 俺が新商品に喰いつくと、なぜか呆れた顔で睨まれた。 「お前変なの買って俺に押し付けるの、いい加減やめろよ。」 「新商品ってわくわくしない?」 「しない。美味い方がいい。」 「司はまたそれ?たまには違うの食ったら?」 「俺はお前と違って飽きないから。」 「なんか、トゲがあんな。」 苦笑しながら新商品を手に取ると、司がまとめて会計を済ませてくれる。 店を出ると、むわっとした空気が肌に張り付く。 先ほど引っ込んだ汗がまた吹き出し、乾いたシャツを再び湿らせる。 早速袋からアイスを取り出して口に運ぶと、好きな味ではあるけれど…… なんだか、舌にしつこく残る感じ。 「うーん……ハズレ、かな?」 そう言いながら司の口に持っていくと、一口食べて眉間に皺を寄せる。 「だから、いつものにしとけって言ったろ?」 司は飽きもせず同じ味を堪能し、特に感想も漏らさない。 少し前は甘い物なんてほとんど口にしなかったけれど、司なりに俺と合わせてくれているのかな……? それに気がつくと妙に嬉しくて、思わず腕にしがみついた。 「好きだよ。」 「ん?」 「すごく好き。」 司を見上げると、頬張っていたアイスを地面に垂らす。 「ああ。」 「司は?」 「好きに決まってんだろ。」 照れているのか不機嫌そうにそう言うと、棒先に垂れたアイスを器用に舐めとる。 その舌遣いにぞくりとして、身体に残っていた熱が上がるのを感じた。 「言ってくんなきゃ伝わんない。」 「言葉は感情を超えられないから、言葉だけ伝わっても意味ねーだろ。」 なんだか哲学的な返しをされたけれど、はぐらかされただけな気もする。 「気持ちが見えたらいいのに。」 俺の言葉に、司はなぜか嫌そうに身体を離す。 「そんな特殊能力持たれたら、困る。」 「なんで?便利じゃん?」 「不便だ。」 「そうかな?」 「ほら、アイス溶けてる。」 司に促されて手元を見ると、既に表面はどろりと溶けて指先にまで達していた。 先ほどの仕返しとばかりに舌を出し、垂れたアイスを見せつけるようにゆっくりと舐める。 ついでとばかりに指についたソレもしゃぶると、肩をがしりと抱き寄せられた。 「お前、わざとだろ。」 焦った声がくすぐったくて、繋いでいた指先が白ばむほど強く握る。 「濃いのしよ。」 そう囁くと、高鳴る心臓に急かされるように帰路についた。

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