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プロローグ-隹-

()だるような残暑がいつの間にか和らいで秋の足音が緩やかに聞こえ始めた長月の放課後。 「何やってるんだ」 プロテスタント系ミッションスクールの専任教諭である(すい)は彼女と出会った。 夏休みが終了し、二学期早々に開かれた緊急の職員会議が長引いて、時刻はすでに夜七時を回っていた。 明日の授業準備を手早く終わらせようと、白衣を翻して足早に階段を降り、本棟三階会議室から特別教室棟一階へ。 天井の蛍光灯は沈黙して宵闇が沈殿する廊下。 静寂の学び舎を突き進み、閉ざされていた理科実験室の扉をガラリと開くのとほぼ同時に室内の明かりを点けてみれば。 彼女がいた。 出入り口に背中を向けて実験台の一つに着席し、突然舞い戻ってきた教師に特に驚く素振りも見せず、ゆっくりと振り向いた。 頼りなげな肩の向こうで左手首に翳されたカッターナイフ。 色白の柔な皮膚からほんの数センチ離れたところで止まっていた。 隹は大股で歩み寄った。 あっという間に彼女の隣へ到着すると片手を差し出した。 「もったいない」 思いも寄らなかった言葉をかけられ、彼女は切れ長な双眸を忙しげに瞬かせた。 「そんなきれいな肌、自分から傷つけるな」 中高一貫の女子高において、好かれるか嫌われるか、無関心でいられる生徒が滅多にいないという異彩放つ実験室の主に笑いかけられる。 青水晶の色味を帯びた双眸と包容力豊かな掌に促されるがまま彼女は素直にカッターを手放した。

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