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「元気そうで何より。しばらく顔を見ていなかったから心配していた」
眉目秀麗な男は隹に微笑みかけた。
落ち着いたアッシュブラックの髪に恐ろしくきめ細やかな肌。
しなやかな体の線に沿ったスーツ姿で、手荷物は見当たらない。
深みあるブラウンのビジネスシューズが重厚な光沢を擁していた。
「仕事の途中で休憩に寄ったんだが。うん。もしかしてお邪魔だったかな」
「ああ、お邪魔だ、繭名」
男を繭名 と呼んで隹は片手をヒラヒラさせた。
露骨な「あっち行け」のジェスチャーに繭名は憤慨するでもなく、別の席へ……真横のテーブルに着席した。
「相席並みに近いじゃねぇか」
「ここが私のお気に入りなんでね」
すでに一階でモカコーヒーの注文を済ませてきた繭名は優雅に足を組み、硬直していた式にも微笑を向けた。
「どうもこんにちは。隹の知り合いの繭名と言います」
洗練された所作に隙のない身だしなみ、清涼感とエレガントさを兼ね備えるシトラス系が適度に香る男に式はぎこちなく会釈した。
「いたいけな青少年を誑かし中か、隹?」
その言葉には耳を疑った。
「やめろ、今丁度その話題で議論していたところなんだ」
「何とも不毛な議論だな。結論なんてすぐに出るじゃないか。主文、被告人を死刑に処する」
「なんで裁かれてる、しかも刑が重すぎる。控訴必須だ」
「情状酌量の余地はなし」
「式、席を変えるか」
「つれないね。旧知の仲だろうに」
「たかだか二年程度の付き合いで旧知の仲は言い過ぎだ。それにブランクもある」
「都合のいい便利なお友達か」
「店を変えるか、いや、お前が店を変えろ、繭名」
「スーパーの惣菜コーナーみたいにお手軽、おかげで不当な扱いを受けた、主にベッドで」
居た堪れなくなった式はトートバッグから財布を取り出した。
「式、俺が出すから財布は出さなくていい」
「出します、もう失礼します」
「式君、か。彼からコロッケやメンチカツ扱いされないよう、どうか気をつけて」
わざとらしいまでに優しい口調で忠告された式は二人の顔も見ずに席を立ち、そのまま螺旋階段を危なっかしげに駆け下りて店を出た。
「式」
数メートルも進まないところで後ろから腕を掴まれた。
振り返るのも億劫で、ただ立ち止まっていたら、テーブルに置いてきた千円札をパーカーのポケットに捩じ込まれた。
「これは今日の晩飯か明日の朝飯、もしくは昼飯に回せ」
式は苛立っていた。
小さな命の一生について話す隹のそばを、黒い翅を翻し、じゃれつくように揺蕩 っていた蝶の白昼夢が呆気なく遮られて惜しんでいる自分自身に。
「妹との仲は認めない、か?」
式は仕方なく隹と向かい合い、喫茶店で交わされた繭名との会話を否定も誤魔化しもしない彼を見上げた。
さっきの話は本当のことなんだろうか。
それとも、ただ、からかわれただけだろうか。
美丈夫の繭名に微笑まじりに振るわれた些細な悪意に顔を曇らせて式は言った。
「帰ります」
隹はもう式を引き留めようとしなかった。
「今日は付き合ってくれてありがとうな」
首を左右に振って、回れ右し、式は歩き出した。
コインパーキング脇で隹は遠ざかっていく青少年の背中をしばし見送った。
『何がコロッケやメンチカツだ』
『あの子はもっと特別感のある方だったか? オムライスとか?』
約二年前、とあるバーで知り合った、富裕層向けの不動産営業職に就く同年齢の繭名とついさっき交わした会話を思い出す。
『あんな初々しいのをよく発掘できたものだな』
ゲイである繭名は一目見て察したらしい。
バイセクシャルである隹も、最初に会ったとき、もしかしたらと予感がしていた。
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