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隹が選んだ台湾料理の店は一階にカウンターとテーブル席、二階が個室になっていた。
天井から吊り下げられた球形のペンダントライトがアジアンテイストにまとめられたインテリアを仄明るく照らしている。
店員に案内された掘りごたつの個室は部屋と通路が簾で仕切られ、他の客の話し声がフロアに聞こえていた。
「飲み物はどうする、タピオカでも頼むか」
「いえ、タピオカはいいです……そこにあるお茶で十分です」
注文を任された隹は単品料理をいくつか頼んだ。蒸し立ての点心や牛肉の黒胡椒炒めなどが運ばれてくると、手際よく取り分け、向かい側に着く式にバランスよく盛った皿をコトリと置いた。
「すみません……」
誰かと一緒に食事をとるのは久し振りだった。
一人暮らしを始めてからは節約を心がけ、スーパーのタイムセールで安くなったお弁当を頻繁に食べていた。
材料を買って自炊するよりも、その方が食費を抑えられた。
「火傷するなよ」
次は蟹あんかけ炒飯をよそったお椀を差し出された。
隹は食事のスピードが速かった。
熱々の小龍包を食べるのに式が苦戦している間、ジュージューと音を立てる石焼の四川麻婆豆腐をあっという間に平らげていた。
「食べるの、速いんですね」
「今日、あんまり食べていなかったからな」
「忙しかったんですか?」
「いや、特には。朝だから朝飯、昼だから昼飯、そういう風に決まった食事はとっていない。俺は腹が空いたときにしか食べない」
隹は空になっていた式の湯呑みに気がつくと、備え付けの真っ白なポットをとり、ほんのり薫るジャスミンティーを注いだ。
「……すみません」
よく気が利くって、こういうことだろうか。
お世話になりっぱなしの式は縮こまりつつも、昨日から引き摺っている疑問をようやく口にした。
「昨日、喫茶店でしていた話は本当なんですか……?」
長めの箸を難なく使用し、今日初めてまともにとる食事を五感でフルに愉しんでいた隹は紙ナプキンでさっと口を拭った。
「俺を査定してるのか」
「え……」
「雛未の恋人に相応しいかどうか。ひた向きか。邪 じゃないか。妙な思惑を隠し持っていないか」
「……」
「家族として当然だろうな。そんなに大事に思われていると知ったら雛未もきっと喜ぶ」
一瞬、式は隹の機嫌を損ねたのかと思ったが、彼は笑っていた。
「スーパーの惣菜コーナーは言い過ぎだったな」
「……俺、よく使います、タイムセールで。とても助かってます」
「スーパーの惣菜コーナーが悪いって言ってるわけじゃあない」
「コロッケやメンチカツもたまに買います」
「コロッケやメンチカツが卑下されたみたいで怒ったのか? それは悪いことしたな」
軽んじた物言いでこちらの感情の手綱をとろうとする隹に、式はなるべく平静を努めるようにし、首を左右に振った。
「あのとき、俺の方こそいきなり席を立ったりして、すみませんでした」
「あんたは悪くない。俺こそ不快な思いをさせてすまなかった、式」
意外なくらい真摯な声色の言葉が返ってきて式はたじろいだ。
あたたかいジャスミンティーを一口飲んで、揺らぐ気持ちを落ち着かせようとした。
「あれは過去のことだから安心してくれ」
「……過去の、こと」
式は目を伏せた。
切れ長な双眸に涼しげに長い睫毛の影が吸い込まれていった。
今の隹みたいに。
先生との出来事を過去のことだと言い切って、割り切って、切り捨ててしまえば楽になるのだろうか。
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