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玄関ドアの向こうで雨音が騒々しく鳴り響く中、隹に口づけられた。 ただ密着していただけの唇はやがて徐々に本性を現し始める。 薄く色づく一片(ひとひら)同士をおもむろに割って口内に滑り込んできた舌先。 怯えて縮こまっていた式の舌に擦り寄り、絡みつき、濃密な戯れに巧みに誘導した。 「は……ぁ……」 式はゾクリと背筋を震わせた。 満遍なく濡れ渡る粘膜内で頻りに生じる摩擦に唾液が湧き、余計に水音が立ち、顔だけでなく耳朶まで火照らせた。 グラつく式の頭を片手で支えて隹はより深いキスに及ぶ。 震える下唇を甘噛みし、軽く吸い上げ、逃げがちな式の舌にまた嬉々として絡みつく。 切なげに呻吟する青少年を薄目がちに視界で堪能し、肉付きの薄い細腰をゆっくりと撫でた。 「んっ」 体を撫でられながらの執拗な口づけに式は喉を鳴らした。 行き場に迷っていた両手が隹のブルゾンをぎゅっと掴む。 呑み込めなかった唾液が溢れ、下顎へと滴り落ちていく。 不埒な唇は戯れに透明な跡を追った。 淡く濡れた痕跡を舐め上げ、頬のラインを小刻みに辿って、火照った耳朶にそっと噛みついた。 「わ、ぁ……っ」 みるみる真っ赤になっていった式は目を白黒させた。 ずっと頑なに閉じていた目を見開かせ、不敵に笑む隹に批判の眼差しを突きつけた。 「何だよ」 「ひ、人の耳を噛まないでください」 「単なるキスの延長だろ」 噛んだばかりの耳朶を抓られて式は首を竦めた。 正直、こんなにも過激なキスは初めてだった。 戸惑いよりも感度が勝って、すでに全身が熱く、甘い眩暈に翻弄されそうになる。 「まだ足りない」 恋愛恐怖症に陥ってすっかり奥手と化していた青少年に隹は口づけを再開した。 両手で式の腰を抱き寄せ、ほんの数分で熱の増した口内を改めて隅々まで優しく蹂躙した。 こんなの知らない。 受け身でいるしかない、いいように貪られる一方の式は隹に爪を立てる。 式に与えられた些細な痛みがいとおしくて、隹は、もっと過激になる。 「ふ……っ……っ……っ」 雨はまだ止みそうになかったが、長く深く重たげだったキスは五分ほどで切り上げられた。 「はぁ……っ……う、ぅ、ぅ……」 玄関ドアに後頭部を擦らせて落ち着かない呼吸を反芻する式の唇を、隹は、親指でぐっと拭う。 集中して甲斐甲斐しく構われていた場所にやや強めの刺激を浴び、式は、すぐ頭上に迫る青水晶を涙目で睨め上げた。 体の底から突き上げてくる欲深な感覚を必死になって食い止めながら。 「未成年へのプレゼントにするには刺激が強すぎたか」 自分の手の甲でがむしゃらに唇を拭っている式に隹は短く笑い、素早く脱いだブルゾンを彼の頭に引っ掛けた。 「あんまりきれいだから野蛮なことがしたくなった」 式は……閉口した。 大学の中庭で捕らえた蝶を見せてもらったときの台詞をなぞられ、ブルゾンの下でひたすら焦燥するしかなかった。 「もう少し雨が弱まったらお暇する。それまでソレかぶってろ」 「……意味がわかりません」 「わからないなら、わからなくていい」 「……なんですか、それ」 住人である式を玄関に残して隹は部屋へ上がり込んだ。 かぶっていろと言われたブルゾンをどうしようか、次の行動に迷っている式をチラリと見、猛烈な飢えをやり過ごした招かれざる客人は己の自制心を自画自賛する。 本能のままに突っ走りたいところを押さえ込んだ。 そのまま雨にでも打たれて気を静めればいいものを、離れ難く、こうして未練たらしく居座っている。 隹は部屋の主にも聞こえない声で「重症だな」と一人ごちた。 「これ、かけておきます」 我が身をこれでもかと煽る切れ長な目を一先ず覆い隠すという大雑把な応急処置に至った隹は「まだかぶってろ」と、頑としてハンガーにブルゾンをかけさせまいとするのだった。

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