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3-2
「雛未のクラスがステージに出る時間帯は貴方から聞いていたので、見計らって来ました」
「随分と熱烈なスキンシップだな」
「いつものことです。雛未、ちょっと痩せたかな」
「昼はマフィンしか食べてないからな」
「だって、それが一番たくさん並んでるから」
式の胸に顔を埋めたままの雛未がくぐもった声で答える。
「お兄ちゃんも痩せたみたい」
「式、食費を無理に抑えた節約は体を壊すぞ」
「別に無理してません」
「餌付けの回数を増やさないとな」
「その言い方やめてください、俺は飼育されてる動物じゃありません」
雛未はもぞもぞと顔を上げた。
いつになく険のある目つきで隹を睨んでいる式に忙しげに瞬きし、二人を交互に何度も見やった。
「お兄ちゃん、怒ってるの?」
「そうだな、お前の兄さんは何かと俺に真っ向から文句をぶつけてきては威嚇してくる」
「貴方が変なこと言うからです」
「怒ってるお兄ちゃん、初めて見る。二人とも仲良くなってくれた?」
雛未の言葉に式は険しい顔つきのまま赤面した。
「お兄ちゃん、急に顔が赤くなった。熱があるの? 大丈夫?」
「……そろそろ帰るよ、雛未」
「もう?」
「来たばかりだろ。案内してやる」
「うん。もっと一緒にいよう? 具合が悪いなら保健室行く?」
雛未に片腕をぎゅっとホールドされ、心配されて、式は首を左右に振った。
白衣のポケットに両手を突っ込んだ隹に「3Bのお化け屋敷は完成度が高いぞ」と言われると「行きません」と即答した。
「隹先生、お兄ちゃん、怖いの苦手なの」
「雛未、言わなくていい」
「ふぅん。やっぱり怖がりなんだな」
「ッ……怖くないです、文化祭のお化け屋敷くらい平気です」
意地を張った式と雛未を連れて隹はお化け屋敷をやっている本棟の教室へ向かった。
色とりどりの風船やポスターで飾りつけされた、笑い声の絶えない校内を三人で進んだ。
「……お化け屋敷、雛未は行ったのか」
「ううん。行ってない。でも誰かが言ってた、泣くくらい怖かったって」
「……泣くくらい?」
「お化け屋敷はやめて可愛いペットの写真展に行くか?」
「……平気です」
お兄ちゃんと隹先生、二人と一緒にいるの、すごく楽しい。
ずっと式にくっついている雛未は夢のような居心地のよさに舞い上がっていた。
この時間がずっと長く続けばいいと思った。
大好きな二人のそばに好きなだけいられたらと。
「すみません、伊吹 先生、ちょっといいですか?」
別の教師が隹を呼び止めた。
気を利かせた式は各クラスの出し物案内が所狭しと張りつけられた掲示板前に移動する。
兄についていった雛未は窓際で話をする理科教員の横顔を眺めた。
「あの人、伊吹って言うのか」
雛未は式を見上げた。
「隹、は……苗字じゃなくて下の名前なんだ」
「うん。伊吹隹。みんな隹先生って呼んでる」
「そうなのか」
笑顔で通り過ぎていく生徒越しに式は隹を見つめた。
すぐそばで兄がひたむきに紡ぐ眼差しを見、雛未は、自分の左手首を落ち着きなく擦った。
変なの。
嬉しくて楽しいのに痛い。
私の中で誰かが悲鳴を上げてる。
大好きなお兄ちゃんから隹先生を奪いたいって叫んでる。
これが失恋なんだ。
淋しくて残酷で不幸せなもう一人の私。
でも、うん、大丈夫。
いつまでも私の中にあなたを閉じ込めてあげる。
後悔しない。
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