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「それじゃあ我が校飛び切りの恐怖スポットに連れて行ってやる」 そう言うなり隹は歩き出した。 無視するわけにもいかず、式はしぶしぶ彼の後をついていく。 白衣を羽織った姿、生徒に頻繁に声をかけられる様子を目の当たりにし、本当に教師なのだと実感させられた。 自分が通っていた共学の学校とは雰囲気が異なるミッションスクールの女子高。 それでも学び舎はどこか懐かしく、脳裏に鮮やかに蘇る高校時代の記憶に気をとられ、歩調が遅れがちになっていたら。 「式」 隹に呼ばれた。 「置いていくぞ」 渡り廊下を進んで校舎が変わり、急に静かになった廊下の真ん中で立ち止まって振り向いた隹の隣に、不服そうにしながらも式は追い着いた。 ……同じ教師でも全く違う。 ついつい比べてしまった自分に呆れ返り、そういえば学校一の恐怖スポットに連れて行くとか言っていたけれど、あれは冗談なのか本気なのか。 今頃になって不安になってきた式は隹に尋ねようとした。 「ここだ」 隹はガラリと扉を開いた。 理科実験室だった。 自分のテリトリーに案内してくれたのかと式は胸を撫で下ろしかけ、もしかすると本当に何かしら出るのでは、そう危ぶんで足を止めた。 さっきまでの騒がしさが嘘のような静寂に包み込まれているのもよろしくない。 心なしか温度も変わったような。 文化祭の熱気も遠退いて足元には冷気が沈殿していた。 「あの、ちょっと待ってください、ここって」 式は薄暗い実験室に先に入った隹を呼び止める。 「普通の理科実験室で、何も特に出たりしないですよね……?」 「本当に怖がりなんだな」 「……確認してるだけです」 「おいで」 隹に手を差し伸べられて式は口を噤んだ。 今度は茶化す素振りもなく、至って真面目な態度で入室を促され、ブラインドと暗幕で太陽光を遮断した実験室へ足を進めた。 空中で静止していた掌に怖々と重なった手。 細やかな作業を難なくこなす長い五指の感触に、式は、頬を赤らめて俯いた。 「何を、してるんですか」 扉を閉めた隹は、片づけられた実験台に浅く腰掛けると式の手の甲に軽くキスしてきた。 「怖がってるあんたがあんまりにも可愛くて、そそられた」 隹の正面に立った式は自分の手に口づける白衣の彼を、いけないものでも見るように遠慮がちに眺めた。 「もっと怖がらせたくなる」 「あの、くすぐったいです」 「じゃあ口にしていいか」 「学校ですよ、無理です、これだって……誰か来たら……」 式の誕生日だった日曜日から金曜日の今日まで二人は二度の逢瀬に至っていた。 夜のドライブがてら食事に行き、キスを数回、交わしていた。 「今日は何が食べたい」 「今日もごはんに行くんですか? いつもご馳走されてばかりで悪いです」 「こんなに痩せた手、不憫でならない」 「童話の魔女みたいに太らせて食べるつもりですか」 隹は短く笑う。 指の関節に軽く歯を立てられて式は肩を震わせる。 「いいや、不憫なままのこの指でもいい。噛み砕きやすそうで」 目許にかかる前髪越しに真っ直ぐ見つめられると物狂おしい戦慄に背筋を蝕まれた。 「そうだな、今日はウチに来い、式」 骨張る指を甘噛みしながら隹は自宅に式を誘った。 誘われた式は返事に迷う。 迷っていたら、強めに食まれて、声にならない小さな悲鳴を上げた。 「……痛いです」 「後であんたのアパートまで迎えにいく」 「そんなの悪いです……住所、教えてください。スマホで探して行きます」 「俺のウチに来るんだな?」 「行きますから……もういいですか、手、ずっとくすぐったいんです」 「八時過ぎに来てくれ」 「八時……ですか」 「クラスの打ち上げがあるから、顔を出して、途中で抜ける」 「担任なのに最後までいてあげなくていいんですか?」 「教師が最後まで居座ったら盛り下がるもんだろ」 今日、一時間足らずで隹の学校での人気ぶりをひしひしと感じていた式は同意しかねた。 「別に今日じゃなくても」 「俺は今日がいい」 フィナーレに近づく文化祭の喧騒を遠くにし、日中においても薄暗い実験室に敢えて低めの声色で強調した台詞が放たれた。 「すっぽかしたら後が怖いからな?」

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