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自分より大きな男にのしかかられ、まだ濡れている髪や首筋から匂い立つライムミントの香りが鼻孔に押し寄せてくる。 その中に紛うことなき隹の匂いもしていた。 精悍な若雄めいた、理性が使い物にならなくなる、頭の芯をグラつかせるような芳香(フェロモン)だった。 「雛未は……貴方のこと、本気で好きなんじゃないですか?」 「だったらどうする」 「……」 「兄として妹のために身を引くか? 俺はあんたにとってその程度の男ってことか」 手首を捕らえていた手が移動し、強張っていた指に彼の指が絡みついてきただけで式の心臓は竦み上がった。 「雛未のことは守りたいと思った。あんたに対しては守りたい気持ち以上に壊してやりたい衝動に駆られる。今だってな」 耳朶の寸前で奏でられた低い笑い声に鼓膜が溶け落ちそうになる。 「不出来でお粗末な殻に必要以上に閉じ籠もって惰眠を貪る蛹みたいだ」 「あ」 首筋をやんわり食まれて式はブルリと震えた。 「殻を引き千切って曝け出したくなる」 「ま、待って……」 やんわり食まれたところを舐め上げられ、強めに啄まれた。 式はぎゅっと目を閉じる。 隹の息遣いが片頬に触れると、さらに瞼に力を込め、視界を閉ざした。 「怖がりめ」 揶揄めいた言葉と共に隹は式にキスした。 指と指をしっかり絡ませて掌を重ね、唇も隙間なく重ね合わせた。 「ん……っ……っ……っ」 浅く、徐々に深く、角度を変えては口内で水音を鳴らして濃密なキスへと誘導する。 衣擦れの音色が頻りに生じた。 時に唇同士の狭間に隹の舌先が見え隠れした。 物欲しげに蠢いて、奥手な舌を誘い出し、口外での不埒な戯れに巧みに導いた。 上下の唇が淫らに滑る口づけに式は息継ぎもままならない。 酸素が頭まで回らず、体内で熱がどんどん増していき、苦しげに眉根を寄せた。 「ちゃんと息しろ」 やっと離れた隹を式は涙目で睨んだ。 「ッ……貴方がずっとしてくるから、貴方のせいで、息ができない」 「なぁ、式。全部曝け出してみろよ」 「……電車が、もう帰らなきゃ」 「俺が全部受け止めてやる」 上半身を起こした隹が目の前でシャツを脱ぎ、式は、慌てて顔を背けた。 「そんなことされたら逆に興奮する」 そんなことを言われて、羞恥心よりも苛立ちが勝って、床に逃がしていた視線を半裸の隹と対峙させた。 「また帰るなんてほざいて俺を置き去りにしようとしたらお仕置きしてやる」 「むりやり相手を組み敷くのが趣味なんですか」 「まさか。でもあんたは別だ。言っただろ、壊してやりたいって」 「やめてください、壊すとか、いちいち言い方が物騒なんです」 「セックスさせろ」 「ッ……デリカシーないんですか、貴方」 自然観察のため近場の山に登ることもある隹は引き締まった体をしていた。 なだらかなラインを描く広い肩ばかり睨んでいる式に笑みを零すと、その腕を引っ張り上げ、膝上に抱き上げた。 「あんたと夜通しセックスがしたい、式」 「……嫌だ、やめてください」 「奥まで貫いて、揺さぶって、喉が枯れるまで鳴かせたい」 みなまで聞いていられずに式は耳を塞ぎ、露骨なリアクションに隹は笑いながらキスを再開した。 耳を塞いでいると口内を弄る音色や息遣いがダイレクトに脳まで伝わってくる。 耐えられず、離れようとすれば、腰を抱き寄せられて過度な密着を余儀なくされた。 「んっ」 パーカーとシャツの下に潜り込んで式の背中を直になぞった掌。 背筋に沿って撫で上げ、脇腹を(さす)られて、肌身を辿る隹の両手に式は胸をむず痒くさせる。カーゴパンツ越しに尻丘まで撫でられるとすかさず俯いた。 もう引き返せそうにない。 このまま隹と……。

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