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第7話

砂羽 「頭、いてえ……。」 頭を抱えるように薄目を開けると、そこは見慣れた薄茶色の天井。 いつも暗い時間に目が覚めるのに、カーテンの隙間から降り注ぐ光は 目に滲みるほど眩しかった。 ――今、何時だ? スマホを探そうと枕元で手を動かしていると、それを掴むより先にドアが開いた。 「おはよう!でも、今はもうお昼だけどね。」 そう言って微笑む陽菜季ちゃんに、唖然としながら身体を起こす。 「なんでいるの?」 そう捻りだした声も、ひどくしゃがれている。 頭も痛いし、喉も張り付くようで 身体のコンディションとしては最悪だが、たっぷりと寝たお陰で心は珍しく晴れていた。 「相葉さんって人が連れてきてくれたのよ。」 「相葉が?」 その名前に昨日のことを一気に思い出し、項垂れながらもう一度ベッドに転がる。 よく寝た。 眠りすぎて、腰と首が痛い。 あれから、こんなに眠れたのは初めてだった。 酒を飲んでもそんなに深い眠りについたことはなかったのに 昨日泣き言を吐露したお陰で、少しは改善したのかもしれない。 ぼうっとした頭でそんなことを考えながら、思い切り伸びをする。 陽菜季ちゃんからペットボトルを受け取り、一口飲むと すーっと気分がよくなった気がした。 ――なんか、少しすっきりしたかも……。 長い間眠れなかったせいで、疲労が溜まっていたんだろう。 ゴキゴキと首を鳴らしていると、陽菜季ちゃんがベッドに軽く腰をかけた。 「相葉くんて、日向の彼氏?」 「え……?」 起きたばかりの頭で、直球の質問に思わず固まってしまった。 ――まずい……。 そう思うのと同時に、陽菜季ちゃんが笑いながら寝転がる。 「やっぱり、そっか。」 「……。」 「怖そうな人だけど、いい人みたいね。ちゃんと砂羽くんをタクシーで送ってくれたもの。」 「見た目以上に嫌なヤツだと思うけど……。」 正直にそう話すと、楽しそうに笑いながら立ちあがった。 「見る目ないのね、日向の奴。」 クスクス楽しそうに笑う陽菜季ちゃんを、久しぶりに見た気がする。 そんなことを思いながら見つめていると、嫌味ったらしい顔を突き付けてきた。 「本当に、私とそっくりなんだから。」 「俺のことディスってる?」 「かもね。」 「ひでぇな。」 「ひどいのは砂羽くんじゃない?興味ないくせに、私と付き合ってるんだから。」 「あ、ごめん。」 痛いところを突かれて咄嗟にそう謝ると、軽く額を小突かれた。 「本気で謝られると傷つくんだけど?」 「ごめん。」 「どうせ、ヒナが言ったんでしょ?」 「あはは。」 「私には冷たくても、ヒナには本当に優しいんだから。」 「ごめん。やっぱり別れ……。」 「別れません!」 そう高らかに宣言すると、俺の隣にぴったりと寄り添う。 「え?」 「もうちょっと、付き合ってよ。」 「でも。」 「いくらでも気が済むまで浮気していいよ。」 「気づいてた?」 「これでも、彼女のつもりなんですけど?」 「なのに、別れないの?」 俺の問いに少し悲し気な表情を浮かべてから、はっきりとした口調で告げる。 「日向が傷つくから。」 「ヒナが?」 「砂羽くんに私が捨てられたら、自分の半分捨てられた気持ちになるのよ。」 ――半分捨てるも何も、捨てられたのは俺の方なんだけど? そう思いながら陽菜季ちゃんを見つめても、軽く笑って誤魔化された。 「同調性が強すぎるのよ、昔から。」 「はあ。」 同意しかねる会話に、起きたばかりの頭じゃついていかない。 ふわふわと、はるか頭上で会話が繰り広げられているような気分だ。 「私と砂羽くんを天秤で測ると、私のほうが少し重いみたいね。砂羽くんにとっては残念だけど。」 「仲良しにも見えないんだけどなぁ。」 「双子って、そんなものよ。」 そう言って軽く流すと、俺をじっと見上げる。 「砂羽くんが、何を一番間違えたか気づいてる?」 「え?」 「家族に話すことを提案したからだよ。」 「そこ?」 「バレバレなのにねぇ。」 「しかも、バレてんの?」 「少なくとも、お母さんと私は気づいてるよ。」 あっけらかんとそう話すと、日向が抱えていた問題はなんだったのか分からなくなる。 ――別れ際、ヒナはあんなに切羽詰まった顔をしていたのに……。 俺と陽菜季ちゃん比べて、負けたことを再確認させられて。 その負けた相手と付き合う羽目になっている俺は、かなり酷な状況だと思う。 それでも、ヒナが決めたのだから 惚れた弱みで抗うことはできなかった。 というよりも、何も考えたくなくて ただ、従っていただけかもしれない。 「ヒナは砂羽くんのこと、本当に本当に大好きだったよ。」 「うん。」 「新しい彼女が出来る度に荒れてたもん。」 「そう、なんだ。」 「それはちょっと嬉しいかも」と思いながら、ほくそ笑む。 「でも、今は幸せそう。」 「そっか。」 泣きそうに、なった。 それ以上の言葉を言うと、色んなものがこぼれていきそうで。 奥歯を噛みしめると、じわりと視界が歪む。 「砂羽くんのこと好きだった時は泣いてばっかりだったけど、今はよく笑ってる。」 「そっか。」 心のうちで気づいていることと、それが表面化しているのは別次元なのかもしれない。 狐に摘ままれた気持ちで、胸の閊えが消えていく。 ――ヒナ、幸せなんだ。よかった。 あれから顔を合わせてなかったから、気づかなかった。 顔を見たいという気持ちとドロドロした感情がせめぎ合い、なかなか決心がつかずにいた。 幸せそうな顔を見て気持ちが塞ぎ込むか…… よかったと安堵するか…… そのどちらも共存していて、正直な気持ち。 「久しぶりに、ちゃんと私を見てくれたね。」 「そうかも。」 2人で顔を見合わせて笑うと、なんだかヒナの笑顔に重なって泣きたくなる。 「おかえり、砂羽くん。」 「ただいま。」

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