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第6話

6月というのが信じられない程、うだるような暑さ。 真夏を彷彿とさせる、眩しすぎる太陽。 ハーレーに乗っているというのに 風を切る気持ちよさよりも、真上から降り注ぐ太陽が勝っている。 ――まさか、こんな店に二度来ることになるとは……。 そう思いながらハーレーに跨ったまま中を確認すると、先ほどと同じ席に片岡の姿を発見した。 ――飽きもせず、よくこんな珈琲がまずい店に長居出来るもんだな……。 そんなことを思っていると、ひょろりと背の高い男が片岡に話しかけているのが見える。 友達がいるなら任せてもいいが 親し気な男の様子に比べて、片岡の冷めた表情が気にかかる。 ――このクソ暑い中、片岡のためにわざわざ飛ばしてきた意味なかったか……。 そう思いつつ2人を観察していると ようやく観念したのか、片岡が重い腰を上げた。 会計を済ませて、男に先導されて店を出る。 その様子をぼんやりと見ていると…… 男の手が片岡の腰に回されているのに気づき、日向の言葉が頭をよぎる。 「でも、今の砂羽可愛いからな……。」 ――マジ、かよ。 苛立ちながらハーレーを店先に止め、片岡の腕をつかむ。 2人はぽかんとした表情で見つめていたが、俺に気がつくとすぐに腕を振り払われた。 「ヒナ、もう帰ったと思うけど?」 片岡は素っ気なくそう言うと、男に向かってさっさと行こうと目で促す。 「え、この男前、日向ちゃんの友達?」 しかし、男のほうは俺に興味をもったのか 上から下までじっくりと観察すると、意味ありげな視線を浴びせてくる。 「まあ、そんなもんだ。」 面倒くさいから適当にそうあしらって、片岡に視線を送る。 「お前、何してんの?」 「今からこいつとカラオケ。」 「俺も行く。」 「はあ?」 「なんでお前なんかとカラオケに?」 「俺の勝手だ。」 「いや、どう考えても勝手すぎるだろ!」 先ほどのように突っかかってくる片岡にイライラしながら 腕を引っ張って耳打ちする。 「お前、喰われたいのか?」 「はあ?」 状況が読めてない片岡に、さらに苛立ちながら男に宣言する。 「悪いけど、こいつは貰ってくから。」 そう言って片岡に無理やりヘルメットを押し付けると 諦めがつかないのか、男が出張ってきた。 「お兄さん、横取りはよくないっしょ?」 そう言って笑いながら片岡の肩を組む男に 何かがキレた。 気を失いそうなほどの暑さのせいか、溜まった課題に対する鬱憤か、この男の癇に障る笑顔か…… そのどれでもよかったが、最近色々溜まっている。 誰かは知らないが、鬱憤をはらす相手がいるのは逆に好都合に思えた。 男に微笑みながら、背中に手を回して汗ばんだシャツの中に手を入れる。 首筋に鼻先をつけると、ひくりと固まったまま微動だにしない。 これは好都合だとそのまま指を背骨に沿って下げていき 薄目の短パンの上から、薄っぺらいケツの狭間に指をぐりぐりと押し込む。 すると、硬直していた身体がさらに強張った。 「ケツ壊れるまで遊んでやろうか?」 耳元で毒づきながら、下半身を密着させる。 「遠慮しときます。」 すると、あっさりと男は身を引いて 足早に去って行ってしまった。 中学の頃の日向の方が、まだ骨があったかもしれない。 「ほら、行くぞ。」 「今の、何?」 「ただの嫌がらせだ。お前こそ変なのにくっ付いて行くとか、馬鹿か?」 「はあ?俺が喰われる立場かよ。」 勘弁してくれといった風の片岡に、妙案が浮かぶ。 こいつは、今の自分を全く分かっていない。 「胃もたれしそうだから俺は勘弁だけど、あいつ絶対狙ってた。」 「んなわけ……。」 そこまで言ったところで、片岡が嫌そうに顔を歪める。 「心当たりあるんだろ?」 げんなりした様子の片岡をじっと見つめていると、観念したかのようにぼそりと呟く。 「ヒナ、多分喰われた。」 「それ、早く言え。」 さっきの男はどこに行ったかとひょろりとした背中を探しても、大学に近いということもあって 同じような風貌の奴があまりにも多い。 「待て待て、目据わってる。」 「ちょっと遊んでやるだけだって。」 「お前の遊ぶは冗談に聞こえない。」 あの男に今度会ったら、ひいひい泣かせてやろうと固く誓いながら 仕方なく片岡に視線を戻す。 「で、お前は女遊びに飽き足らず、男にまで手出し始めたのか?」 「出してねえよ!勃たなかったし!」 「思いっきり出してんじゃねえか!」 そんなことを店先でギャアギャア言い合っていると、通行人から不躾な視線を浴びる。 後ろに乗るのを嫌がる片岡に、仕方なくハーレーを転がしながら 人通りの多い駅とは反対方向に歩み始めた。 「お前に関係ねえだろ。」 「別にお前がめそめそ泣いてようが、誰に喰われようが興味はない。」 「じゃあ……。」 「でも、日向が心配してる。」 「ヒナが?」 不意にだした名前に、片岡の威勢が弱まる。 「そろそろ単位もやばいんだろ?」 俺の言葉に不服そうな顔をぶら下げながら、静かに並んで歩く。 しかし、あまりにも暑い日に歩くのもくたびれたのか…… ようやく観念して、ハーレーの後ろに跨った。 「で、どこ行くんだ?」 「俺が遊んでやるよ。」 背中に息を飲む気配を感じて、苛立ちながら怒鳴る。 「お前相手に勃つわけねえだろ!」 「勃ったら怖えよ!」 *** 「こーゆー店、来るんだ?」 「日向と、な。」 新宿駅からほど近い仲通りを、さらに狭まった路地に入る。 この時間からやっている店は少なく、平日ということもあっていつもよりも客は少ない。 地下に店を構えるこの店は、一応会員制をうたっているが ただ単に、ヘテロお断りということらしい。 観光気分で来る奴らを排除し、俺たちノンケには未知の場所。 日向という人間がいなければ、一生ここには訪れなかっただろう。 陽の光が届かないせいか、やけに薄暗い店内は時間を惑わせる。 昼間から酒と埃っぽい汗の匂いが漂い、あけっぴろげな会話が繰り返される。 BGMが流れているが、それよりも人の音量が勝る。 まるで、外の世界から決別した異空間。 片岡も不慣れな場所ということで居心地は悪そうだが、込み入った話をする上で がやがやとしたところのほうが何かと都合がいい。 みんな好き好きに会話を繰り広げ、ナンパ待ちといった風の男たちも多い。 「なあ、なんで引き下がったんだ?」 「え?」 不躾すぎる視線に慣れていないせいか、片岡は辺りを気にしながらも 少し濃すぎるレモンハイにようやく口をつける。 「ずっと、疑問だった。」 俺の言葉にしばし考え込みながらも、しけたナッツを口に放りこむ。 「妹に負けただけ。」 「お前より、妹をとったって?」 「ヒナにとって、陽菜季ちゃんは特別だから。」 「意味が分からない。」 「仲よすぎて妬けてくるだろ?」 「そんなシスコンには見えないけど、な。」 日向から、妹の話を聞くのはごくごくまれだった。 話している様子も内容も、これと言って不自然に感じたこともない。 「俺には兄弟すらいないから、全く分からない。」 半分自棄になっているのか、水を飲むようにジョッキを煽る。 「で、納得できたのか?」 「そりゃ出来ないけど、ヒナが決めたからしょうがないかなって。」 「本当に、日向にだけは甘いんだな。」 「こっちは一大決心して、親にも話すつもりでいたのに。」 悔しそうにそう嘆きながら、自分のジョッキを早々に空にする。 「軽そうに見えて、案外重いんだな。あんた。」 「うるせえよ!ヒナは優しいから、誰も傷つけたくないんだろうなって。」 「でも、お前は傷つけたじゃん?」 俺の言葉にひくりと固まると、項垂れながら軽く蹴りを入れられた。 「寝れないし、頭痛いし、ヒナのことばかり考えちゃうし。」 「そっか。」 「どうせ、情けないって思ってんだろ?」 そう言って睨んでくるが…… 酒が入っているせいか、不眠が続いているせいか、呂律が既に怪しい。 「それだけ本気で好きだったてことだろ?」 「好きに決まってんじゃん!男相手に、俺が……っ。」 空のジョッキを握りしめながら、悔しそうに座り込む。 この状況にどうしていいのか分からず、いつも日向にしているように綿菓子のような髪をがしがしと撫でる。 「よしよし。」 「馬鹿にしてんのか?」 「慰めてんだろ。」 「気持ち悪い。」 「俺だって気持ち悪い。」 「なんか、本当に気持ち悪い……かも。」 「大丈夫か?」 「トイレ。」 そう言いながら、ふらふらとした足取りでトイレを目指す。 水を貰おうとバーテンと話していると、片岡が真っ青な顔をしてこちらに直進してきた。 「ほら。」 そう言ってグラスを手渡すと、首を振りながらトイレを指す。 ――どうやら、見たくないものを見たらしい。 「大丈夫か?」 「俺、本当にウケに見えんの?」 嫌そうにそう尋ねられ、片岡を静かに見つめる。 どうやら、見たくないものを見たあげく 助っ人まで頼まれたらしい。 「日向にすら、可愛いって言われてんぞ?」 「マジかよ。」 一気に酔いが醒めたようで、青白い顔をしたままグラスの水を一気に飲み干す。 「一回くらい、喰われてもいいじゃね?世界観変わるかも。」 「変えたくねえよ。」 さっきよりも気分が悪そうにそう言うと、疲れたのかソファに深く腰をかけた。 「分かっただろ?お前も喰われる側にも見えるって話。」 「知りたくなかった。」 「ひとつ賢くなったな。」 「お前、嫌がらせにもほどがあるだろ?」 「分かったら、大人しく女口説いてろ。」 俺の言葉に辟易としながらも、少し懲りたのか無言で俯く。 特に会話を交えることもなく、静かに酒を煽っていたかと思えば 気がつくと、大口開いて眠っていた。 「緊張感ねえな。」 先ほどまで危ない目にあっておきながら、この状況で眠れるとは……。 ――まあ、当然か。 どうやら、まだ睡眠薬に頼るようなことはしていないらしい。 薬の効き具合を見て、そう確信する。 マスターに頼んで、先ほどの水に少量の睡眠薬を盛ってもらったのだから。 「おい、帰るぞ。」 そう声をかけても、もちろん無反応。 意識を失うように深い眠りについているせいか、揺すっても起きる気配はない。 自分よりでかい男を担ぐのは難しく、引きずるように店をでた。

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