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第5話

相葉 司 「砂羽が、少しおかしいんだ。」 シャワーを浴びてリビングに戻ると 日向がぼんやりとした表情でテレビを見つめていた。 見ていたというよりも、心ここにあらずといった様子で 俺が出てくるのをただ待っていただけらしい。 日向から片岡の名前を聞くのは久しぶりだった。 俺にあいつの話をすることを、何度も躊躇していたんだろう。 いつも気の抜けた顔が、やけに緊張している。 話を聞いてみると…… あれから授業にもろくに顔を見せず、ほとんど大学近くのカフェで時間を潰しているらしい。 ――で、俺にどうしろと? そう思いながら日向を見ると、バツの悪そうな顔でくしゃりと微笑む。 「ごめん。砂羽の話は聞きたくないよな……。」 「ま、興味ねえけど。」 「ありがと。俺が何とかするから。」 そう言って席を立とうとする日向の腕を掴んで、もう一度座らせる。 「で、何とかって?」 「いや、話聞いたりとか?」 きょとんとした顔で俺を見上げる日向は、片岡の状況を理解しているんだろうか? 若干呆れながら日向を見ても、こちらの意図には全く気付いていない。 「いや。お前、あいつの心情分かってる?」 「あー、うん。そのつもりだけど……。」 「お前に振られて落ち込んでるのに、振ったお前が慰められると思ってんの?」 「うーん、でも放っておけないし。」 ――このお人よしのド天然が!!!!!! そう頭の中で怒鳴りながら、濡れた髪をがしがしと拭く。 「……俺が行く。」 「本当?」 「お前が慰めるなんて、身体以外に方法ねえだろ。」 日向相手では片岡に押されてそのまま変な方向に話が進みそうな気がして 仕方なく重い腰を上げることにした。 ――なんで俺があいつなんかのために……。 そう思うのと同時に、日向が少し安堵した表情に変わりほっとする。 ――後悔は、もうしたくねえしな……。 ぽんぽんと頭を撫でて、濡れた髪の毛をがしがしと拭いていると 突然、日向が飛びついて来た。 「司、まさか……。ダメだから!!!」 「は?」 鬼気迫る表情で俺を見上げると、腕を痛いくらいに引っ張られた。 「俺の代わりに砂羽と?」 「気持ち悪い想像してんじゃねえよ。」 腕と誤解を解きながら頭をコツンと殴ると、心配そうに見上げる日向にキスをひとつ。 「え?」 「あいつは、絶対にそういう対象にならねえから。」 額をこつんとくっつけて、まっすぐ瞳を見てそう告げると…… 日向の表情が少し和らぐ。 「でも、今の砂羽可愛いからな……。」 まだ不安そうに告げる日向に、ソファにどっかりと腰をかけなおす。 「お前の方が数倍可愛いから、変な心配せずにいい子で待ってろ。」 そう言うと、嬉しそうにふわりと微笑む。 こいつ以上に可愛いと思える生き物を、俺は知らない。 *** さっさと立ち直れと気合入れに行ったつもりが…… 思ったより、重症そうだな。 はっきりとしたクマとこけた頬を思い出し、短くなった煙草を灰皿に押し潰す。 身体もひと回り小さくなったようで、覇気がない。 目が腐りそうな程キラキラしたものを背負っていたのに、今は見る影もない。 可愛いと日向が表現していたのには賛同しかねるが、弱り切った危うい姿はつけいる隙がありすぎる。 ――まあ、でも俺に出来ることなんてねえし。 そう居直って、課題の続きをこなそうとパソコンを見つめるが…… 片岡の顔がちらついて、調子が出ない。 失恋に効く薬なんて、時間くらいしか思い浮かばない。 ――まー……でも、きっと大丈夫。 ――だって、日向が惚れた男だから。 あいつの憧れの存在で、俺に真っ向から喧嘩を売ってきた初めての人間。 中学時代を思い出して、思わず苦笑いを浮かべる。 ――本当に、馬鹿だったな……。 思い出したくもない暗黒の中学時代。 あまりにも自分が幼過ぎて、懐かしさよりも先に記憶から消してしまいたい。 でも、あの時の俺はあれでも精一杯だった。 好きなヤツを嫌いだと思い込み、虐めていた子供の自分。 ――しょうもねえな。 余りにも苦すぎる思い出を反芻していると、忘れかけていたことをふと思い出した。 *** 「すっげえ……。」 そう感嘆の声をあげながら、まっすぐの瞳で片岡を捉える。 同性を妬みなく、ただ羨望の眼差しで見る姿に驚いた。 周りは全てライバルだと思って生きてきた俺にとって、大堀 日向という存在は最初から異質に映る。 体育の授業で、クラスを4チームに分けての練習試合。 お得意のバスケということで、今日の片岡は嫌味なくらい輝いている。 ――あんた、敵のチーム応援してどうする? 日向の姿に呆れつつも、その横で片岡を目で追う。 ――流石に、巧いな。 素人が束になってボールを奪おうとしても、それを軽くかわしながら ゴールを何度も決めている。 バスケなんてそれまでも今も全く興味はないが、巧い奴を見ているのは面白い。 日向に並んで片岡を目で追っていると、ちらちらと片岡も日向に視線を向けていることに気がついた。 お互い敵チームなのに、2人で密かに視線を交らせて微笑んでいる。 クラスの女子がキャーキャー言っている声は、片岡の耳に届いていないのだろうか? 真っ直ぐに日向に向かってガッツポーズを繰り返す片岡と、その片岡をまるで恋する乙女のような表情で喜ぶ日向。 ――こいつら、仲いいを超えてないか……? 友達なんて今までいたことないから基準が分からないが、2人の間にある何かが俺を苛立たせる。 学年でもトップの成績だから、名前だけは知っていた大堀 日向。 最初は、あの片岡の傍にいるちっちゃい奴という認識でしかなかった。 ――でも、なんか……ムカつく。 それが片岡に向けての感情だったのか、日向に向けての感情だったのかも分からないが この2人は視界に入るだけで癪に障った。 生理的に無理とはこいつらにつかう言葉だったのかと思いながら、再び日向に視線を向ける。 俺の存在なんか無視して、2人の世界がばっちり出来上がっている。 ――こっち見ろよ。 そう何度念じても、日向は気がつきもしない。 「気持ち悪い。」 何気なくぽつりと漏らすと、ようやく俺の存在に気がついた日向がこちらを振り向く。 その表情は、片岡に見せる笑顔とは雲泥の差。 感情を削ぎ落したような表情で、俺と視線が合うとすぐに逸らされた。 「ごめん。」 何に謝ったのかは分からないが、一言そう言うと…… そそくさと俺の傍を離れる。 その小さな背中を見つめながら、何かがむくむくと湧き上がる。 ――気に入らない。 片岡を見つめる日向に苛立っていただけなのに、日向そのものに対する苛立ちだと勘違いしていた。 絶対、認めたくなかった。 俺がそっちに行くことは、あいつに負けた気がして……。 一番嫌っていた兄のところに足を踏み入れることが、許せなかった。 違う、そうじゃない。 ただ、嫌いなだけ。 自分自身にそう言い聞かせて、気持ちを捻じ曲げることで自分を保っていた。 ――しょっぱすぎる。 青春とは甘酸っぱいものだというけれど、あまりにも酸っぱくて吐きそうだ。 でも、よくもまあ今このカタチに収まっているよな……。 日向の顔を思い出しながら、煙と一緒に天井を見上げる。 自然とみんなの中心にいた片岡の気に喰わない顔。 俺に真っ向から喧嘩を吹っかけてた男が、あの様では調子が出ない。 「クソ!」 課題は明後日まで。 ということは、今日はギリギリ時間がある。 うだうだ考えてるのも馬鹿らしく、パソコンの電源を切ると 苛立ちながら家を出た。

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