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終章【選択・壱】理想の結④
とす、と国木田の胸元に太宰の背中が当たり、其の衝撃で国木田は顔を上げる。
「太宰……?」
太宰は顔を向けなかった。正面の、横断歩道の先に視線を向けた儘国木田の片手を取り胸元で強く握り締める。
温かい水滴が手の甲へと落ち国木田の鼓動が高まる。其れは太宰が落とした涙の滴。肩を震わせる程感情を表す事は無い。あの日以降そんな太宰を見た事は無かった。其れでも太宰が泣いていると国木田は理解出来た。
「生きているのなら、其れで善いんだ……」
――一番最悪な選択は、君を愛して仕舞った事。
中也を愛さなければ、太宰は喪失の苦しみを覚える事は無かった。
手を取れば確かにあの頃に戻る事は可能だろう。然し傍に居る事で再び同じ思いを中也にさせて仕舞うかも知れない。あの時死に切れなかった二人は、二度とあの頃には戻る事は出来ない。
――君となら、どんな地獄も耐えられるけれど、君に地獄を歩ませたくは無い。
世界で一番澱黒い選択。愛した気持ちを心の奥底へ抱えた儘、地獄への道連れに太宰が選んだのは国木田だった。
「貴様の心から消えない存在が居ても俺は構わない」
「そんな事云わないでよ……」
忘れる事は不可能で、二度と消える事は無い。心から欲しいのは一人だけではあるが、愛しているからこそもう二度と共には歩めない。
中也の死を受け入れた時に、太宰の中で大切な何かが壊れてしまったのだ。
――君ダケヲ、永遠ニ愛シテ居ル。
まるで白昼夢を見ていたかのように、何時の間にか中也の姿は往来から消えていた。太宰が国木田を選んだ事が中也にも伝わったのか、初めから何も居なかったようだった。
「何時の日か心から俺を愛して呉れる日迄俺は待つぞ太宰」
焦らずに、何時か其の傷が癒える迄。何時か心から必要とされる日が来る迄。
――何時カ君ヲ愛セルナラバ。
――選択・壱
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