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第1話

ありがとうもさようならも告げずに離れた人間関係はいくつもある。 それらを寂しいと感じる前に新しい出会いが訪れるものだから、惜別も薄れていく日々にこんなものかと自分の記憶の層を静かに積み重ねていた。 夜闇と電飾、それから食べ物の匂いで満ちている繁華街。 仕事帰りにぞろぞろと連れ立って入った店舗内の広い個室は真新しく清潔感のあるデザインだった。オープン仕立てなのかもしれない。店内BGMに混ざっているものの、案内される間もがやがやとした喧騒が空間を支配していたので集客率は高そうだ。 ピーク時の午後七時過ぎ。何の飲み会なのかロクに確認もせずに3千円の会費を支払って集まりに参加するのも慣れてしまった。会社の用事以外で滅多に外食をしないので、自分で作らなくていい日だという認識だ。 料理も飲み物も品数が多いメニュー表を眺めて取りあえずビールを選ぶ。注文を聞きに来た店員に飲み物とサラダ類、もつ鍋をテーブルごとに頼んでいる声を聞きながらぼんじりも食べたいと考えていた。 各自飲み物が行き渡ると乾杯の音頭がとられ、あとはそれぞれ食事と会話に没頭し始める。 蒸し鶏のサラダを皿によそっていると横からカプレーゼが乗せられた。隣の席を見るといつも通り同期の四十万(しじま)さんが座っていた。お洒落な彼女はメイクも服も小物もこだわりを持って自分がいかに良く見えるのかを追求しているようで、それは仕事も同じで努力を欠かさない人だ。そして、媚びないし威張らない。新卒で入社して5年間同じ部署で働いてきたが、彼女ほど居心地の良い関係性の人間はいなかった。 「成宮くん、朝から眠そうだったけどアルコール飲めるの?」 「すぐに寝るかもしれない。あとでソフトドリンク注文するよ」 「あとね、気になってたんだけど、田島くんのこと知ってる?」 「田島?この部署にもいるよね」 「私たちの部署じゃないけど、同じフロアに今月異動してきた人。役員の親戚だとかで業務向上のために呼んだらしくて仕事も出来るし顔も良いから女性社員に大人気なの」 「凄いねぇ……俺もイケメンになりたい」 「待って、飲む前から寝てるじゃない」 寝てはいない。きちんと話だって聞いている。瞼が重たいだけだ。 冷やをグラス半分ほど飲んでサラダを口に運ぶと少しだけ目が覚めた。 彼女がお喋りのために人の話をするタイプではないとわかっているので、多分何かあったのだろう。その割に悩みを口にしていない。 自分のことを吹聴することもしない彼女が言いたかったのは、その田島という人物の噂以外の部分なのだろうなと考えながら何とか飲み会を最後まで潰れずにすごすことが出来た。

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