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第2話

生きていれば秘密の1つや2つある。 俺の場合は苦痛と思う感覚すら麻痺してしまったので、さして支障はなかった。 唯一問題なのは睡眠が足りていないなあと思うくらい。 清潔感溢れる社内の個室トイレで深く息を吐く。 僅かな倦怠感を引きずりながら立ち上がり個室を出る。 業務時間中の今でも息抜きにトイレに立ち寄る者もいるが、床のタイルがコツコツと靴音を響かせるので容易にわかる。 手を洗い、水を掬って口をゆすぎ、鏡に映る自分を見てシャツの襟を少しめくった下の鬱血を無感情に指先でなぞった。 空気を震わせずに口の形だけで自分の姿に「何をしているんだ」と問う。答えは持ち合わせていない。 珈琲でも飲んで仕事に戻ろうと給湯室へ向かうと誰かが電気ケトルを使っていた。もうすぐ湯が沸くのかコポコポと音をたてている。 スティックコーヒーの箱が並ぶ棚からミルクカフェラテを選び、使い捨ての大きめの紙コップに入れてマドラーを探す。さて、ケトルは使えるだろうかと視線を向けると用意した紙コップに湯を注がれた。 「あー……ありがとうございます」 「成宮奏(なるみやそう)」 「は?」 「相変わらず体を売るのが好きなのか」 「何のことでしょう? ああ、午後のこの時間は疲れますよね。キシリトールガムしかないですが、どうぞ」 上着のポケットから2枚取り出したガムを相手の近くに置く。 落ち着いた声は知ったものだったし、引き締まった体躯を包むスーツの相手の顔は記憶にあるものよりも幾分も格好良かった。 にこりと可愛いと称される笑みを向けるが、相手に変化は見受けられない。この野郎、と内心で毒づきながら呼びかける。 「……田島さん」 「おい」 「そのガムの包みの中に今使っているアドレスを書いた紙を入れています。空メールを送ってくだされば返信しますので、用事があればお時間のある時に連絡してください。では、仕事が残っていますので、失礼します」 一方的に言葉を残し、甘い飲み物を手に自分のデスクへ向かった。 素知らぬふりをしてくれればいいものの、過去が今更顔を出して何をしたいのだろうか。 決定的に言ってやりたいことは1つだけ浮かんだ。

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