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慎重と軽率
ロシュとの出会いは最悪だった。
ヒート状態の訳が判らぬまま抱かれたのだ。
ロシュと初めて会ったのはベッドの上。
けれども彼の肌はまるで絹のようにしっとりとしていて滑らかだった。ブランケットに包まれたような力強さに、若さ漲る弾力のある肉体は引き締まっている。
彼との一夜の記憶がないのが残念だ。
さぞや彼の男根も凛々しいに違いない。
でも今日は――。
今夜、彼を思いきり堪能できる。
振られたばかりとはいえ、感傷に浸っても気分は楽になるどころか悲しくなる一方だ。
だったら自分も少しくらい羽目を外して楽しい思いをしてもいいだろう。
ロシュ・サムソンはベイジルを欲している。
それに彼が優しい人間だということも理解できた。
それならば、誰も彼をも魅了するオメガという性を利用するのも悪くない。
そう思う反面、ベイジルは自分がこのような考え方を抱いていたことに内心驚いていた。
なにせベイジルは生まれてこの方、冒険というものをしたことがない。
ベイジルはいつだって安全で確実な道を歩き、できるだけスポットライトを浴びない日陰を選び取って目立たぬよう生きてきた。それがオメガという性を隠すための唯一の方法だと思っていたからだ。
それなのに自分は今、どうしたことだろう。
ベイジルが生きてきてこの方、煩わしいとばかり思っていたオメガという性を利用し、一人の美しいアルファを誘惑しようとしている。これは今まで考えられなかったことだ。
このような軽率で危険極まりない考えは今すぐに止めるべきだ。
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