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自覚

 それからも、俺は西尾さんと食事に行ったり、ドライブをしたりした。たまにこれまでしたことが無かったと言っていたカラオケや映画、アミューズメント施設へも行った。出不精だった俺はどこへ行ったのかと、自分でも疑問に思うほどだった。  西尾さんはプライベートでは、よく笑うようになった。そして、元の恋人の話は自然と出なくなった。俺もそれでいいと思ったから、蒸し返すような事はしなかった。  そして初めてのドライブの帰りにされたキスの意味は、未だに聞けていない。それだけが少し気になっていた。  とうとう本社の新社屋お披露目が近づいてきた頃、突然の要請が本社から届いた。 「本社からご指名で出向なんて、なんなんだよな」  来期の広告用小冊子やパンフを作る岡野を手伝いながら、俺は愚痴をこぼす。岡野は素材の写真を見ながら「ん?」と間抜けな声を出した。 「いいじゃないか、本社出向。上手くすればそのまま本社に栄転だぞ」 「俺、そういうの似合わないし」  「だよな」と、岡野は適当な声で笑っている。  本社から突然の要請があったのは、昨日の事だった。  新社屋を先に関係者にお披露目する、そのレセプションパーティーにこちらの会社からも人員を出してもらいたい。というものだった。  ただ腑に落ちないのが、指名された事だった。  俺と、本社をメインに仕事をしている岡野、そして西尾さんだ。  冷静に思えばおかしな事ではない。俺はそのレセプションパーティーで配られる小冊子のデザインをしているし、岡野はメインクライアント。そして西尾さんはうちの課の課長だから。  でもこの話を聞いてから、西尾さんは明らかに落ち着かずに、落ち込んでいるように見えた。 「なぁ、沖野」 「ん?」 「課長ってさ、本社で何かやらかしてこっちに飛ばされたのか?」 「はぁ?」  ひそひそ声で言う岡野に、俺は素っ頓狂な声を上げる。そんな話は聞いたことがない。  そう、聞いたことがない。  俺は愕然とした。随分親しくなった気がしていたのに、俺は西尾さんが前は何をしていたとか、そういうことは何も知らなかったのだ。そもそも前はどこの会社にいたのかも知らない。 「何で俺に聞くんだよ」 「いや、だって最近お前、課長と仲いいだろ。だから知ってるかなって」 「知るか! そもそも課長って、うちの本社にいたのか?」  「そこからか」という岡野を睨み付けた俺は、なんだか凄く苛立っていた。それがなんでかなんて、分からないけれど。 「俺の担当さんから聞いたんだよ。何でも本社の上で問題起こして、こっちに出向したって」 「あの人が問題起こすなんて、想像つかないけれどな」 「俺もそう思って聞いたんだけど、担当さんも詳しくは知らないって。ただ、凄く優秀な人が突然子会社に行ったから色んな憶測飛んでるんだって」 「へぇ……」  なんか、モヤモヤする。西尾さんの昨日からの様子も気になるし、岡野の話も気になるし。  何より、なんか凄い嫌な感じがする。多分それは西尾さんのプライベートな過去を知っているから。  会社の先輩と関係を持って、3年付き合った。その相手とつい最近、別れた。理由は「結婚するから」だった。  ってことは、西尾さんの相手は本社に居る事になる。  気づいたら、大人しくしていられなかった。丁度お昼のベルが鳴ったから、俺はさっさと席を離れて西尾さんを探し始めた。  デスクに居れば戻ってくるだろう。そう思っていたのに、西尾さんは結局戻ってこなかった。特に外回りの予定とか、会議とかは入っていなかったのに。  気になって、その後もあまり腰が入らなくて、ミーティング室で仕事をしている事すら煩わしくて岡野に愚痴を言われた。  そうして就業のベルが鳴る少し前に、西尾さんは凄く疲れた様子で帰ってきた。 「お疲れさまです」  声をかけると、一瞬ビクッとしていた。けれどすぐに仕事の顔で俺を見た。 「お疲れ。どうした?」 「それは俺の台詞です。課長と話がしたかったのですが、戻ってこなかったので」 「すまない、急な仕事で出ていたんだ。話はなんだ?」 「ここでは言えません。この後時間が空いているなら、どこか行きませんか?」 「悪いがこの後もう少し残ってやることがあるんだ」  イライラする。俺の顔は自然と不機嫌になっていたんだろう。西尾さんは少し悲しそうな顔をした。 「明日にでも時間を作る。今日は、すまない」 「……分かりました」  一礼して、会社を後にする。でもむしゃくしゃしていて、俺はそれをぶつけるようにゲーセンに立ち寄った。前に西尾さんと来た場所だ。  好きな事をする時間のはずなのに、全部が上手くいかない。余計にイライラが募って、店を後にしてコンビニで弁当と酒を買い込んだ。そして家で、ひたすら飲みまくった。  飲んで飲んで……そのうち、俺は空しくなっていった。  第一なんでこんなに苛立つんだ。西尾さんとは一度は一線を出た。けれど軌道修正できていると思っている。少し親しい友人のような感じ。  ……いや、ちょっと違う。少なくとも西尾さんは違うんじゃないのか? 俺に、キスをするくらいの気持ちはあるんじゃないのか?  そこで、俺はまたモヤモヤしている。  それなら、俺は? 俺は西尾さんをどう思っているんだ。  好きか嫌いかで言えば勿論好きだ。けれどこの好きの種類はなんなんだ。親愛とか、憧れとか、色々あるだろ。  でも、なんだか全部しっくりこない。  だからって恋愛かと言われると、俺の中で反発がある。それは、今まで女の子を恋愛対象にしてきた俺の、容易には超えられない一線のような気がした。 「あー、もう!」  ぐしゃぐしゃっと髪をかいて、ゲーム機の電源を入れる。そして久しぶりにヘビロテしていたおかずな|娘《こ》のDVDをセットし、下半身だけ露出した間抜けな格好で愚息を握りしめた。  画面の中では普通っぽい女の子とのラブラブなデートからのエッチという流れで進行していく。おっぱいが大きくて、唇がぷるぷるな女の子がちょっとエッチな事を言って煽ってくる。  確かに愚息は反応はした。硬くはなった。けれど、イケない。 「嘘だろ……」  いつもは挿入場面で可愛い声で喘ぐ女の子を見て一発抜けたというのに、俺の愚息は本当に不能かってぐらいイケなかった。その間に、終わってしまった。  焦った俺はもう一本鉄板のを入れた。今度は奥さんとのラブラブな感じのだ。彼女じゃないからもう少しエグいし、可愛いけれど年齢も少し高めに設定してある。これで抜けなかった事なんてない。  ない、のに…… 「マジかよ、俺のあほ」  反応はしている。後一歩な気もする。けれど、なんだかイケない。  刺激が足りないのかもしれない! 俺は変わり種なエロアニメを入れた。触手物だ。変わった趣味の友人に押しつけられて一回見たが、趣味が違ってあんまりだった。  けれど今の俺にはこのくらいエグイ刺激が無いと駄目なのかもしれない。きっとそうだ!  という願いも空しく、俺はやっぱり抜くことも出来なかった。 「酒、飲み過ぎたんだ」  言い訳をして、諦めてベッドに転がる。そんな時、不意にスマホが鳴った。見ると相手は西尾さんからで、一言「今日はすまなかった」とある。  途端、ドクッと心臓が鳴った。手は自然と愚息へと伸びて、頭の中で西尾さんが寂しそうに笑ったり、悲しそうだったり、楽しそうだったり。  唇に触れた感触は、柔らかかった。ぼんやり覚えている間違いのあった日の光景は、扇情的だった。 「んっ、はぁ」  バキバキに硬くなった愚息はしっかりと上り詰めている。そうして耳元で、「沖野」と呼ばれる幻聴が聞こえたような気がして、俺はしっかりイク事が出来た。 「……マジかよ」  一度ならず二度までも、俺は西尾さんで抜いてしまった。  俺は、いつの間にか男も恋愛対象になっていたのか?  不安にかられてネットで男同士のそういう動画を見たが……正直、5分もたたずにギブした。  俺は、男全般を恋愛対象にはしていない。俺が対象にしているのは……  気づいたら、恥ずかしくてたまらなくなる。明日顔を見る事もできない気がする。でもこれで、全部の感情に説明がつくのだ。  俺は、西尾秀一が好きなんだ。

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