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第6話

「お前には俺以外にも客がいて楼主の命じた事には逆らえないのはわかってる。だが、どうにも腹が立ってしょうがないんだ。その男が今目の前にいたら、俺は何をしているかわからないな」 西園寺はそう言うと、整った顔を歪めた。 決して穏やかではない言葉にビクビクしながらも、独占欲じみたそれを嬉しいと感じてしまう。 不謹慎だとは思ったが、頰が紅潮してしまうのを止められなかった。 「お前の事になるとわがままで欲深くなる。いつか嫌われてしまうんじゃないかと思っているのは俺の方だ」 眉を下げ弱々しく呟く男はいつも気丈で鷹揚で自信に満ち溢れている西園寺ではなくて… なんだか居ても立っても居られなくなったマツバは思わずその胸に飛び込んでいた。 「マツバが西園寺様を嫌いになるなんて絶対の絶対に有り得ませんっ」 勢いよく言ってしまった後で、羞恥に襲われる。 子どもっぽく品の欠片もないセリフを吐いてしまったからだ。 こういう時、稚拙な自分に嫌気が差す。 もしもこれがアザミだったら、もっと美しく心に響くような言葉をサラッと言えるのだろう。 「あ、も…申し訳ございません…」 マツバはそう言うと慌てて離れようとした。 しかしすぐに、強い力で引き戻されると胸板に押し付けられた。 スーツの上からでもわかる逞しく厚い胸板から、力強い心音が響いてくる。 それに重なるようにしてマツバのものもドクドクと鼓動を刻んだ。 「絶対の絶対か…」 西園寺はそう言うとフッと笑った。 胸の中に押し付けられているため表情は窺えない。 しかし、その声色からは不機嫌さは消えていた。 「そんな事を言うと俺はつけ上がるぞ?」 低く甘さを含んだ囁きに胸が高鳴る。 何をされるのかわからない恐怖はあるものの、西園寺にされるのならマツバにとっては喜びでしかない。 「西園寺様にされるなら何でも嬉しいです」 マツバは恥じ入りながらも答えた。 それは初めて出逢ったあの日からずっと変わっていない気持ちだった。 西園寺へのこの気持ちは他のとは明らかに違う。 娼妓としてではなく、一人の人間として彼を心の底から慕っているのだ。 「そうか」 西園寺はぽつりとこぼすと突然立ち上がった。 不安げに見上げるマツバの手を取り、立ち上がらせると蜂巣(はちす)を出て何処かへ歩き出す。 蜂巣を出る間際男衆に何かを告げていたが行き先はさっぱりわからない。 屋外へ出て足早に歩く西園寺を斜め後ろから見上げながら、マツバはその歩幅に懸命に付いていくことしかできなかった。 蜂巣のある庭から少し離れた場所まで来るとようやくその歩みが止まる。 そこは馬小屋のある場所だった。 馬小屋には良く手入れのされた馬が何頭か飼育されており、客と娼妓が乗馬を楽しめるようなスペースも設けられている。 一見すると高級感漂う優雅な娯楽施設に見えるが、ここは廓だ。 この場所がただ単に乗馬を楽しんだり馬を愛でたりするだけの場所ではないということはマツバが一番よくわかっていた。 初めて西園寺の相手を務めた時、マツバはここで散々な目にあった。 馬の鞍に取りつけられた張り型を深く咥えこまされたまま、馬が歩く事によって生じる振動に揺さぶられて悶絶するほどの快楽地獄を味わわされたのだ。 あの強烈な刺激は褥で味わうものを圧倒的に上回っていた。 抗えずなすがまま揺さぶられ、下から突き上げてくる張り型に奥を何度も何度も抉られて… 思い出すだけでも背筋が震える。 まさかまたここに連れてこられるとは思ってもみなかったマツバはゴクリと唾を飲んだ。 「お待たせいたしました」 マツバと西園寺の到着を見計らって、男衆が馬小屋から一頭の馬を連れてきた。 毛並みの良いその馬の鞍には当然のように男性器を象った張り型が埋め込まれている。 しかもそれは以前のものよりかなり太いものに見えた。 怖気付くマツバの肩を抱くと、西園寺が見透かしたように囁いてくる。 「この前よりも太いものにしてもらったんだ。あんなものを咥えたまま揺さぶられたらどうなるだろうな?」 愉しげな西園寺の声色に恐怖を感じたマツバは、わなわなと自分の唇が震え出すのがわかった。 そんな事をされたら壊れてしまう。 今度こそ確実に。 「あぁ…西園寺さま…どうか…」 思い留まって欲しい事を伝えようとする。 しかし咄嗟に唇を噛み締めた。 西園寺になら何をされてもいいと言ったのは自分自身だ。 それは心からの本心であって嘘偽りなどは全くない。 マツバは自分自身で自分がとても口下手で子供っぽくて、そそっかしい事がわかっていた。 上手く伝わらなくて、誤解を招いてしまったことも何度もある。 それならマツバにできることは一つしかない。 言葉ではなく態度で示すのだ。 西園寺は特別だという事を全身で伝えるために。 震える唇を噛み締めると、覚悟を決める。 そうしてマツバは自ら着物の裾を捲ってみせたのだった。

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