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第3話

   デザイン部の服装は、基本自由だ。  社外へ行くときはスーツ着用必須だが、普段は皆、思い思いの格好をしている。  ()くいうオレも、パーカーやスウェットなどの地味でゆるっと服を着ていることが多い。  今日もグレーのパーカーに黒いスキニー、という可も不可もないような服装だ。    対して、いま同じエレベーターに乗り合わせている牧野はと言えば、読モでも通用するのではないかと思うほどお洒落で華やかな格好だった。  ジャケットの袖を軽く折っているところから覗く、こつりと骨の浮き出た手首には、高そうな腕時計まであって……長い足も先端の細い革靴も、もうなにもかもが嫌味に見える。  ゆるくウェーブのかかった明るい色の髪を、様になった仕草で掻き上げる男を視界の端に捉えながら、早く一階へ到着しろ、とオレは階数表示ランプを、目にかかる黒い前髪の隙間から睨みつけた。   「おまえんトコの」    狭い箱の中に、不意に声が響いて、オレは驚いて顔を横へと向けた。  牧野は、腕を組んで正面のドアを見つめている。  こちらに視線も流さないその姿に、空耳だったのか、と思った瞬間。  牧野の薄い唇が動いた。 「おまえんトコの、あの……タケノコ」  驚いた。  牧野の方からその話をしてくるとは微塵も考えていなかったので、オレはすごく驚いて……しかし動揺を見せまいと、頬にちからを込め、「はぁ?」と険悪な声を返した。 「おまえに渡す情報なんてないけど」  つけつけとオレがそう言うと、牧野が顔をこちらへと巡らせて、眉間にしわを寄せる。 「は? いつ俺がそんなこと言ったよ?」 「この状況で話しかけてくるってことは、情報が欲しいか、タケノコ(こっち)陣営を揺さぶりたいかのどっちかでしょ。そもそもふつうは敵に話しかけて来ない」  「なんだその論理。自分の性格が歪んでるから、他人も歪んで見えるんだろ」  ちっ、と牧野が鋭い舌打ちを漏らした。  オレの肩が無意識にビクっと揺れる。  内心、しまったと思っていた。   感じの悪い言い方をしてしまった。      牧野に話しかけられて、本当は嬉しい。  おまえのデザイン最高だよ、と手放しの賛辞を述べたい気持ちもある。    でも、いまそれをしてしまうと、これまで無関心を装ってきた日々が台無しになってしまう。  牧野のすごさを、声に出して認めてしまうと……牧野の才能に屈してしまうと、オレはオレの作品を作れなくなる。牧野に引きずられて、オレのデザインというものを見失ってしまう。  だからこれまで通り、牧野を遠巻きにして、接点を持たずに、オレはオレの道を歩かなければならないのだ。      オレのそういう複雑な感情を知る由もない牧野が、イライラとしたように、一歩こちらへと踏み出してきた。  どうしよう、とオレの体が強張ったそのとき、ポーンと甲高い音を立てて、エレベーターがようやく一階へと到着した。  助かった。  ホッと安堵の息を吐きつつ、箱から外へ飛び出そうと、スライドドアが開くタイミングに集中していたオレの、左肘辺りに。  不意になにかが巻きついてきた。  え、と思って見てみると、節の高いきれいな形の指が、オレのそこを掴んでいる。  え?  なに?    オレの頭に疑問符が散った。  なんで牧野がオレの腕を掴んでんの?? 「話、終わってねぇだろ」  牧野が低く吐き捨てた。    エレベーターの扉が開く。  一階のホールは無人だった。 「ちょ、なにしてんの、離して」  オレは腕を振ってヤツの指を振りほどこうとしたけれど、逆に強く握り込まれて、エレベーターの壁にどんと背中を押し付けられた。   「逃げんのかよ」 「は? 意味不明なこと言うな。オレは昼飯を……」 「あんなクソだせぇタケノコ、俺は認めないからな」 「はぁ?」  カチンときて、オレは牧野を睨みあげた。  思いのほか近い場所に、整った華やかな美貌があって驚く。  けれど、オレたちのデザインを馬鹿にされて、ひるむわけにはいかない。  オレは必死に負けん気を掻き集めて、長い前髪の隙間から牧野を睨み、ふんと鼻を鳴らした。 「そのださいタケノコと、同列ってことだよ、おまえのあの下品なキノコは」 「……なんだと」 「そういうことでしょ。評価は同じだったんだから」  オレのせせら笑いに被って、ピーという音を立てながら、エレベーターのドアが閉じてゆく。  誰もエレベーターを呼んでいないのか、箱は動かない。    重苦しく静まり返った空間で、オレと牧野はしばらく睨み合っていた。   「俺のデザインが下品だと?」 「あんな原色のチラついたキノコが上品なはずないでしょ。部長も、よくあんなの選んだよ。ジョークグッズ合わせだとしてもひどいね」 「おまえのあんなくそ地味なぼんやりとしたデザインのタケノコが、セカンドラインに相応しいとか、本気で思ってんのか」  地味でぼんやりとしている、と指摘され、オレは軽くショックを受けた。  しかし、デザインを(けな)したのはお互い様だ。  オレは(まなじり)にキッとちからを込めて、ひるむことなく言い返した。 「股間にキノコを持ってくるような安直な思考のヤツに言われたくないよ」 「安直だと?」  牧野の声に、険しさが増した。 「タケノコが奇を(てら)ったつもりか。これだから童貞は」 「はぁ? いまはデザインの話してるんだけど?」 「だから、童貞臭がするって言ってんだよ、おまえのデザインは」  牧野が口角を上げて、嘲笑を浮かべた。  イケメンはそんな表情まで格好いいのだから腹立たしい。 「童貞じゃないし」  牧野にうっかり見惚れてしまったオレの口から、実にどうでもいい反論が飛び出した。  言ってから、バカ、と自分で思う。  論点がずれている。  牧野の目が、一瞬丸くなった。  と、そのとき、エレベーターの扉が横にスライドして開いた。  外からボタンが押されたのだ。    動いていなかったエレベーターにひとが乗っているとは思わなかったのだろう、スーツ姿の男性が、オレたちを見てぎょっとした表情をした。  牧野が舌打ちを漏らし、 「来い」  と言ってオレの腕を引っ張った。 「な、なんだよっ」 「いいから来い。こんな場所で話せるか」  自分から話を振ってきたくせに、勝手なことを言って、牧野はオレの腕を掴んだまま箱の中から出てゆく。  ずんずんと歩く牧野に引きずられるようにして、オレは男に連行されたのだった。     

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