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第2話
「タケちゃん、この色遣いさぁ」
色鉛筆を片手に、岡山が難しい顔をオレに向けてくる。
「もうちょい派手にしてみる?」
問われてオレも、眉を寄せて腕を組んだ。
「いや……でもタケノコだし、いじってもワントーン明るくするぐらいでいいんじゃない?」
「う~ん……」
岡山の葛藤が、オレに伝染してきた。
わかる。
岡山の言っていることはよくわかる。
オレたちのデザインしたタケノコは、オレたちの外見をまんま反映したように、どこか地味なのだ。
しかし。
「派手な色遣いにしちゃったら、キノコ とかぶっちゃうもんな~」
左隣の山口の言葉に、オレはひたいに手を当てて、ふぅ、とため息を吐いた。
見ればオレの左右に居る2人も、同じように頭を抱えていた。
そうなのだ。オレたちの脳内には、あの、下品なキノコのデザインがチラついているのだった。
まるで、牧野弘亮 そのもののような……派手で、一度見たら忘れられないような、強い印象のキノコが……。
そもそもオレと牧野は新卒で同時期に『株式会社シャイン』に採用された、同期である。
しかし、イケメンでチャラくて明るく、対人スキルも高い牧野が、地味で人見知りで愛想の悪いオレと合うはずもなく、つるむ人種も違っていて、まともに会話したことなど、これまでほとんどなかった。
けれど、牧野は優秀で……やつのデザインした商品はことごとく当たるので、上司の受けも良くて……オレは牧野に、一方的な嫉妬を覚えていた。
そしてその感情は、入社して三年経ったいまも変わらない。
もっとも、オレと牧野ではあまりに土俵が違いすぎて、ヤツからすると、オレはライバルにすらなれていないと思うのだが……。
平平凡凡を絵に描いたようなオレと、ハイスペックな牧野では、勝負にもならなくて、牧野のデザインしたロゴやキャラクターがプリントされたうちの商品を、紳士服売り場や催事コーナーなどで見かける度に、嫉妬すらできずに、自分に似合もしないそれらを手にレジに並んでいることもしばしばで……。
家のクローゼットに仕舞っている箱の中に、牧野の作った商品をぎゅうぎゅうに押し込みながらオレは、敗北感と……憧れのようなわけのわからない感情に悩まされるのが常だった。
牧野はすごい。
でも、そのすごさに膝を折ってしまえば、オレのデザインというものができなくなる。
だからオレは、牧野に関しては徹底的に無関心を貫いてきた。
向こうからもオレに話しかけてくるようなこともなかったので(たぶん、オレなんか眼中になかったのだろう)、今回のコンペを経て、初めて直接的な接点ができたと言って過言ではなかった。
しかし、あの牧野の視界に入ることができた、と浮かれてばかりもいられない。
セカンドラインのデザインが、キノコになるか、タケノコになるか……二週間の内に各々デザインの練り直しを、と言われた期間は、瞬く間に残り一週間となってしまっている。
絶対にオレたちの創り出したタケノコを商品化してみせる、と意気込む一方で、コンペのときに見た牧野の作品が忘れられない。
オレは紙面に描かれたやさしいフォルムのタケノコを睨みながら……苛々とため息をついた。
「ちょっと、コーヒー買ってくる」
「ついでに休憩行っといでよ」
「そうそう。タケちゃん、ずっと根詰めてるから」
「……悪いね」
やさしいチームメイトの言葉に、オレは手を振って、財布とスマホを尻ポケットに突っ込むと、会議室を後にした。
なぜ、インナーデザイン部のオフィス内ではなく会議室を借りているかというと、こちらのデザインが盗用されたりしないための用心だ。
べつに牧野や彼のチームのメンバーがそういう狡 いことをする人間だ、というわけではなくて、同部署内で作業をしていると、否応なく目や耳に入ってしまうことがある。
おまけに今回に限って言えば、キノコ派とタケノコ派に部内がきれいに二分されてしまったものだから、自分の推すデザインを勝たせようと、スパイ行為などをする者が出るかもしれないと懸念した部長が、投票日まではここを使えと、それぞれに会議室をあてがってくれたのだった。
部長の心配はあながち杞憂でもない。
オフィス内ではキノコ派とタケノコ派がぎすぎすした対立ムードを醸し出しているからだ。
キノコ派は、タケノコ派を地味だの童貞臭いだのとバカしていて。
タケノコ派はそんなキノコ派を、チャラついているだのヤリチンだのと陰口を叩いている。
顔を合わせると小競り合いになってしまうので、最近はデスクのシマも二分されているのだと、タケノコ派の同僚が昨日言っていたのを思い出し、オレは廊下を歩きながら、チラと部署内を覗いた。
……本当にぱつっと分かれている。
キノコ派は外見も派手なので、どちらがどちらかはすぐに区別がついた。
オレはふぅと吐息すると、肩こりで強張った筋肉をほぐすべく、ぐるぐると腕を回しながら部署の前を通り過ぎた。
そして、エレベーターホールまで行き、下向きの三角のボタンを押して、エレベーターの到着を待った。
『株式会社シャイン』は国内大手のアパレルメーカーで、地下鉄の駅にほど近いこのビルは自社ビルだ。部署もたくさんあり、アパレル不況のこのご時世にありながら業績も上向きだというのだから、経営陣がかなり上手く立ち回っているのだろうと思われた。
そんな大手に就職できたのだからオレはラッキーだったし、今回のコンペでは最終候補に残してもらうことができたのだから、とりあえず残された時間でできるところまでアイデアを詰めようと、フロア表示ランプを見ながら決意を新たにする。
エレベーターが来るまでの僅かの時間も、オレはあのタケノコをどう修正すればもっと良くなるかを考え続けた。
不意に、ぐぅ、と腹が鳴って、そういえば昼食を食べていなかったことを思い出す。
スマホで時間を確認してみれば、二時を回っていた。昼時をとっくに過ぎている。
今日のランチはどうしようか……コンビニでおにぎりでも買ってこようか、とつらつらと考えていたオレの隣で、
「あ」
と声がした。
オレは何気なく顔を振り向けて……そのまま固まってしまった。
そこには、牧野弘亮が立っていたのだった。
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