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第1話
沢山の人、人、人の波。ざわざわと騒めきに満ち、あちこちで客引きの声が上がっていた。
今日は年に二度ある、ボン・ナキュイユという国をあげての大市場が王都で開催されている。今日から一週間、オルシアの城下町にオルシア国内は勿論、各国の特産物や名産品が集まってくる。定められた場所で大きなテントを張って所狭しと並べられた商品を、これまたあちこちから集まってくる客が買っていくのだ。建国記念日や王族の結婚以外では、このボン・ナキュイユが一番王都に人が集まる時期だろう。
そんなボン・ナキュイユで賑わっている王都にある城で、シェリダンはぴったりとカーテンの閉められた室内に閉じこもっていた。勿論、シェリダンの意思ではない。だが、今回はアルフレッドの独占欲だけの結果というわけでもなかった。
ボン・ナキュイユを楽しむために王都に集まる人々は、せっかく王都に来たのだからと必ず城まで足を運ぶ。この時期は警備体制を厳重にすることを条件に、城の庭園を開放するのだ。城の中までは流石に入れないが、すぐ近くまでは行ける。安全面を考えてボン・ナキュイユの時期しか開放されないこともあって、皆がこぞって城を見に来るのだ。そうなると、あわよくば王や王妃の姿が見られないものかと思うのも、ある意味当然で。なかには双眼鏡を持ってくる者までいる。当然警備の衛兵や近衛達が目を光らせているが、万が一がないとも言い切れない。
そんな事情もあって、ボン・ナキュイユが始まる前日に高官達が揃ってシェリダンに謁見し、絶対に部屋のカーテンを開けず中庭は勿論バルコニーにも出ないでほしいと懇願されたのだった。
アルフレッドの許可がない限りは外へ出ないと約束したとはいえ、レイルの散歩やバルコニーに出ることはその限りではなかった。元々活発的ではないシェリダンであったが、流石に一度も外へ出られないとなると息が詰まってしまう。ボン・ナキュイユの間はレイルの散歩もアンナに任せて、シェリダンは行ってあげることができない。それもまた、シェリダンを気落ちさせる原因でもあった。
「妃殿下、紅茶とマドレーヌをご用意いたしました。どうぞお召し上がりくださいませ」
エレーヌが気を使ってシェリダンの好きな甘い紅茶と甘い菓子を用意してくれるが、どうにも気が乗らない。
膝の上でじゃれついていたレイルを抱き上げて、シェリダンは立ち上がる。窓に近づいて、ほんの少しだけ隙間を作り下を覗き見た。しかしそれはすぐに分厚いカーテンに遮られる。
「いけません妃殿下。妃殿下のお姿を民が見れば興奮して何をしでかすかわかりませんし、善人ばかりとも限りません。さぁ、どうぞこちらへ」
シェリダンの手を取って、エレーヌはソファへ促した。控えていた女官達がもう一度隙間なくカーテンを閉める。思わずため息を零してしまった。
今は王と王妃共に謁見の予定は入れていない。ボン・ナキュイユが終わるまでは謁見など、謁見者が城に辿り着けないのだから行えるはずもなく。執務官達は仕事にならないためにほとんどが公休扱いだ。アルフレッドもいつもはできない雑務を今のうちに片付けるつもりらしく、執務室に籠っている。
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