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第2話
要するにシェリダンは退屈なのだ。そんなことを思ってはいけないとわかっていても、今まで仕事仕事で生きてきたシェリダンは、急に何もしなくていい時間を幾日も与えられても、どう過ごしたらよいかわからない。アルフレッドの仕事を手伝おうにも、本当に細々したことを片付けているようで、ああいうものは下手に当人以外が手伝うと余計に手間が増えてしまうこともシェリダンは経験上理解していた。
「……夜になったら中庭に出ても良いですか?」
見物者がいなくなる夜ならばとシェリダンはエレーヌに問うが、エレーヌは申し訳なさそうに眉を下げて首を横に振った。
「ボン・ナキュイユの間はどうかお外へ出られませんよう、伏してお願い申し上げます。厳重な警備体制を敷いておりますが、不届き者が潜んでいないとも限りませんから」
サーヴェ公国の一件以来、エレーヌをはじめとする女官達も、護衛を司る近衛達も、政治を取り仕切る高官達も過度な警戒を示している。もうシェリダンに万が一など起こしてはならない。その思いはシェリダンにもよくわかっている。ゆえに強く出られない部分もあった。
夜までレイルと遊び、執務を終えてアルフレッドが迎えに来て共に夕食の場へと向かう。漸く私室から外へ出られると密かに心を浮き立たせていたシェリダンであるが、移動の間も常より多い近衛達に囲まれていたために、やはりどこか息苦しい。それが王族のさだめだと分かっていても、一瞬で良いから表の風にあたりたいと願ってしまう。
「窮屈か?」
夜の寝台でシェリダンの髪を撫でながら、アルフレッドはそう問いかけてきた。王都がボン・ナキュイユで賑わっていても執務があるアルフレッドに余計な気を使わせてしまったとシェリダンは俯く。
「……申し訳ございません」
すっかり俯いてしまったシェリダンの頤にアルフレッドは指を添えて上向かせる。ちゅっと軽い口づけを二度、三度と繰り返した。
「責めているわけではない。ただ、こうも長く執務もなく外へも出ない生活はしてこなかっただろうからな。まだ初日とはいえ、時間を持て余しているのだろう?」
そう、ボン・ナキュイユは始まったばかりだ。これから一週間は王妃の私室と今いる寝室に完全監禁状態になる。
「明日、少しの間だけ城下を歩くか?」
「え?」
予想外の言葉にシェリダンは大きく目を見開いてアルフレッドを凝視した。
「……しかし、アルが城下に行かれては大変なことになるのでは?」
「勿論変装はするし、市民に扮した護衛も連れて行く。長くても一亥が限度であろうが、ずっと籠っているのも退屈だ。それに、俺もボン・ナキュイユを楽しみたいからな」
護衛の者達は悲鳴を上げそうだが、それはとても甘美な誘惑だった。シェリダンもボン・ナキュイユを経験したことがないわけではないが、一緒に行けるというなら、アルフレッドと歩きたい。たった一日、それも一亥だけだったとしても魅力的な誘いだった。
「行っても……いいのですか?」
言葉は不安げだが、シェリダンの表情は雄弁に行きたいと訴えていた。そんな、どこか子供っぽい様子にアルフレッドは微笑む。どうにも自分の伴侶は可愛くていけない。
「明日の午前ならばまだ人は比較的少ないだろう。ただし、シェリダンも変装するのだぞ」
「はい!」
こんなにウキウキと心を躍らせたのはいつぶりだろうか。早く明日にならないかと願いながら、シェリダンはアルフレッドの腕に包まれて眠りについた。
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