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第12話

それから1ヶ月が過ぎた。 店で二人を見かけることはなくなった。 豊と葵がどうなったのか、知る由もない。 「連絡先を聞かなかったのですか」 マスターがギムレットを作りながら津田に話しかける。 煙草の香る店内で、津田は心地良く酔っていた。 「うん。なんだろうなぁ・・聴くのがヤボな気がして」 葵に対するあの疼きがひと時の感情だったのか、本気なのか。 自分でも解らなかった。 ただそれでも想い続けていたら、連絡先を聞いてなかったことをいつか後悔するかもしれない。 それでも逢えるんじゃないかと思う。 そんなことを思うなんて・・ 安っぽい恋愛小説のようだ。 「あーあ、やっぱりアラスカは恐えなー」 「でしょう。あれは堪えますから」 今度飲むときは注意しないとなーと津田が笑いながら、カウンターテーブルに顔を埋める。 眠気が襲って来ていたのだ。 「そうですねえ・・あ」 津田の気づかないところで、マスターが優しく微笑んだ。 「何をお作りしましょうか」 「アラスカを」 「かしこまりました」 ** なんだ、この香り? オレの煙草と同じ香り・・ 目を瞑る津田に、彼は頭をコツンとたたく。 「んん?」 「早く起きなよ、オレが冷める前に」 聞き覚えのある声。ただ1日しか聞いていない声。 津田は慌てて起きる。 ふわふわした髪と、茶色の瞳。 葵がそこにいた。 煙草の煙を揺らしながら。 「な・・お前なんで」 津田の酔いが一気に冷める。 「分かんないけどさ」 マスターからアラスカを受け取って葵は笑う。 恐らく津田が初めて見る顔だ。 想像以上に、綺麗で愛しいと感じた。 「アンタに執着してみようかなって」 【了】

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