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第1話

「今日からお世話になります。藤堂要(とうどうかなめ)です」 「今日から教育係として指導する望月凍夜(もちづきとうや)だ。よろしく」 初めて出会ったのは新人研修が終わって配属された日である、七月一日。 この日、新人が配属されることは前日にチーフから聞かされていた。 スーツで身を包んでいても分かる程のがっしりした体つき、目鼻立ちがはっきりした凛々しい顔、低音なんだけど耳障りのいい声。 藤堂は何もかもが凍夜のタイプだった。 同僚に挨拶回りをしている最中、遠くで話しているのを盗み聞きしたところによると、藤堂は特定のスポーツをしていたわけではないらしい。 助っ人要員として、高校時代はいろんな部活に顔を出していたおかげで全身に筋肉がついてしまって、服を選ぶのに苦労していると嘆いていた。 そんな藤堂をかわいいと凍夜は思った。 凍夜は物心ついた時から同性にしか興味がないことに気付いていた。 そして周りと自分が違うことも理解していたため、自分が同性愛者であることは誰にも打ち明けていない。 特定の恋人を作ることもしていない。 どうしても慰めたくなった時は、そういうお店に行って一夜限りの相手を見繕っている。 以前一度だけ恋人を作ったことがあったが、相手に浮気された挙句、手酷く捨てられた過去があるため、恋愛に関しては消極的になってしまった。 最後に凍夜のところへ来た藤堂と簡単な挨拶を済ませ後、いきなり業務をさせるわけにもいかないため、今日は簡単な説明のみで一日の業務が終わった。 荷物をまとめて退社しようとした時、同じ課内の女子社員から「これから藤堂君の歓迎会をやるんだけど来ない?」と誘われた。 自分の指導下になる新人の歓迎会。 正直、こういう会は好きではないが、行かないわけにはいかなかった。 会社からほど近い居酒屋で要の歓迎会をするということになっていた。 業務が終わった人から現地集合ということらしく、店に入って待っていると、ちらほらと集まりだした。 参加者が全員集まったところで歓迎会が始まり、それなりに時間も経ち、皆いい感じに酔いが回り始めた。 「ねぇ、藤堂君。彼女とかいないの?」 課内でも有名な肉食系女子の社員が藤堂に言い寄っていた。 「今は恋人はいません」 「本当に?」 「えぇ、いません」 「じゃぁ、あたし立候補ぉ~!」 右手をビシッと挙げて声高々に宣言した。 いつもなら止めに入る奴らも酒が入っていて、(はや)し立てるばかり。 「ちょっ、ちょっとお前ら、もうその辺で止めとけ」 「何よ、望月っ!あたしの恋路を邪魔しようっていうの!」 肉食系女子の社員が詰め寄ってきた。 目が据わっているのが酒のせいなのか、本気なのか分からない。 「別に邪魔しようっていうわけじゃないが、藤堂が困っているだろう」 「別に困らせてないもん」 「それはちゃんと藤堂を見て言うんだな」 女子社員は周りを見渡し、振り返った先に藤堂がいるのを見つけた。 少しの間蚊帳の外にいた藤堂は座敷の隅の方、女子社員から最も離れた場所に移動していたのだった。 凍夜はパンパンと手を叩き、皆の注意を引き付けた。 「もう皆随分酒が入ってるし、明日も通常業務が控えている。そろそろお開きにするぞ」 「えぇ~」 「もうちょっと飲みたい」 「そういうお前らは明日朝一で重要な会議があるんじゃなかったか?こんなに飲んで明日遅刻せず、二日酔いもなく会議に出席できるなら飲んでもいいがな」 凍夜の一言で不平不満を言っていた同僚達は口を閉じ、幹事がまとめて会計を済ませている間に全員店外へ出た。 それからの凍夜の対応は早かった。 一人や二人では済まない人数の一人で帰れそうにない同僚をタクシーに乗せて帰らせた。 料金は全て凍夜持ちで。 全員が帰路についた頃、凍夜はまだ藤堂が近くにいたことに気付いた。 「まだ藤堂いたのか」 「先輩を残して一人だけ帰るわけにはいきません」 「律儀な奴だな。お前、電車?」 「終電があれば電車で帰ります」 「調べてみろよ」 タクシーに乗せるだけでも結構な時間を食ってしまい、路線によってはもう終電が終わっている。 スマホをいじっていた藤堂の指が止まった。 表情を窺うと、顔が青く引き攣っている。 「…終電、終わってました」 「家、どこ?」 「ここから西へ電車で二駅先です」 「俺と同じ方角か。なら、タクシー捕まえるから途中まで乗って行けよ」 「そういうわけには…」 「いいから先輩の厚意はありがたく受け取っとけ」 「…お言葉に甘えさせていただきます」 「おう」 凍夜はそう言うや否や、サッと手を挙げてタクシーを止め、要と共にタクシーに乗り込み、行き先を告げた。 「今日はありがとうございました」 「いや、皆はしゃいじまって迷惑かけたのはこっちの方だ」 「そんなことないです」 「恋愛話とか、今じゃセクハラになるような際どい話とかもしてたけど、悪気があるわけじゃないから許してやってほしい」 「本当に気にしていないので」 「…明日来たら会社辞めますとか言わないよな?」 「言わないですよ。心配しすぎです」 藤堂はふわりと笑いながら凍夜の言葉を否定した。 朝の挨拶の時も思ったが、あまり表情を顔に出さないだけで、一度表情が表に出ると案外かわいい。 その笑顔に吸い込まれるように凍夜は藤堂に顔を近づけ、唇を重ねていた。 正気に戻ったのは唇を重ねて数秒後。 「ご、ごめん」 「大丈夫です」 「俺も酒に飲まれたな…」 「結構飲んでいましたからね」 実際のところ、凍夜は下戸で一滴もアルコールを口にしていない。 凍夜の言葉に合わせてくれた藤堂の優しさが今の凍夜には恥ずかしくて辛かった。 凍夜は、どうにも要の顔を見られない状態になって、外の景色を見るようにただ窓を見つめることに集中した。 「その角で止めて下さい」 藤堂が停車を申し出た場所は最寄り駅からはまだあるはずだった。 タクシーが停車し、ドアが開く。 ちらりと凍夜は藤堂の方を見た。 藤堂はただ黙ってタクシーから降り、運転手がドアを閉める。 その間藤堂は一度も凍夜の方を見ていない。 藤堂を見ようとしていなかったのは自分なのに、一度も凍夜を見なくなった藤堂に凍夜は恐怖を覚えた。 凍夜は急いでタクシーの窓を開けた。 「ごめんっ!さっきのは忘れてくれっ!」 「何かありましたか?」 「えっ、と…」 「大丈夫です。辞めたりしないし、ちゃんと出社しますから、安心してください」 「本当に?」 「約束です。じゃぁ、おやすみなさい」 藤堂は最後まで凍夜の顔を見ることはなかった。 それが凍夜には辛かった。 自分にとって、初めての新人で、初めての教育係。 それが自分のタイプだったから、思っていた以上に舞い上がっていたのかもしれない。 (明日、会社でどんな顔をすればいいのか…) 長い夜は更けていった。

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