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第2話

凍夜は一睡もしないまま朝を迎えた。 結果からいうと、何も思いつくことはなかった。 タクシーから降りた時、藤堂ははぐらかそうとしていた。 とにかく昨日と同じように接する以外方法はないと悟った。 「おはようございます」 「お、おはよう」 今日の藤堂は、昨日のタクシーの中でのことはなかったかのような、昨日の挨拶の時と同じ飄々とした態度。 凍夜は少し寂しくもありながら、安堵した気持ちになった。 いつまでも引きずっていては仕事に差し支える。 無理矢理気持ちを仕事モードに切り替えて藤堂に指示を出す。 「今日から仕事回していくつもりだから。と言っても、最初のうちは簡単なものからになるけどな」 「分かりました」 「それじゃ、まずはこれを頼む」 要は凍夜から資料を受け取ると、自分のデスクで仕事を始めた。 「できました」 仕事を任せて小一時間。 要が凍夜に声を掛けてきた。 「早いな、確認する」 共有サーバーに保存されているデータをチェックする。 最初の仕事だからと思って初歩の初歩になるような仕事を回した。 いくら簡単な仕事とはいっても、もう少し時間がかかるかと思った。 しかし、凍夜の予想を大きく裏切られる形となった。 短時間で仕上げられた仕事は修正することがない完璧なものだった。 「この短時間で完璧に仕上がってる」 「ありがとうございます」 凍夜は要の能力を上方修正した。 新人だからと言って甘く見すぎていた。 「次はこれをやってみろ。分からないことがあれば教えるから」 「分かりました」 要は受け取った資料を一瞥すると、自分のデスクに戻り、早速仕事に取り掛かった。 凍夜は自分の仕事の手を少し止め、藤堂の様子を窺った。 躊躇なく与えた仕事をこなしているようだった。 誇らしいという気持ちの半面、あっという間に自分なんか追い越されてしまうのではないかという焦りも感じ、止めていた手を動かすことに集中した。 「望月君、少しいいかな?」 チーフに呼ばれ、フロア内にある小さな個室の会議室に呼ばれた。 「突然呼び出してすまないね」 「いえ、それで何かありましたか?」 「急なんだけど、来月から新しいプロジェクトを発足することになって、うちからは君を推薦させてもらった」 「ありがとうございます。精一杯務めさせてもらいます」 「うん。それでもう一人選出してもいいと言われたんだけど、誰か一緒に仕事したい人はいるかい?」 「もう一人…」 このチーフの言葉に凍夜は一人しか思い出さなかった。 「藤堂でお願いします」 「あの新人の?」 「はい。今回のプロジェクトは彼にとってもいいチャンスになると思うんです」 「優秀な君が言うんだから間違いないね。君から藤堂君に伝えておいてくれるかい?」 「承知しました」 一礼して会議室から退室して、その足で藤堂の元へ向かった。 藤堂はさっき新たに渡した仕事をこなしているところだった。 「藤堂、少しいいか?」 「はい?」 「ちょっと話があるんだ。あっちで話そう」 「はい」 連れ出した先は喫煙所。 凍夜はストレスを感じると吸いたい衝動に駆られるタイプの喫煙者だった。 就業時間中であれば、いつも二、三本は吸っている。 いつもなら誰かしらいる喫煙所は今に限っては人がいなかった。 備え付けてある自動販売機で珈琲を二つ購入し、一つを藤堂に渡す。 左胸の内ポケットに入れている煙草を取り出し、器用に箱を開け、一本銜えて火を点ける。 「吸う?」 「いえ、非喫煙者なので」 「えっ!?」 昨日一緒にタクシーに乗った時藤堂からも紫煙の香りが仄かにしたから藤堂も喫煙者だと思っていた。 非喫煙者にこんな場所は苦痛でしかないはずだ。 点けたばかりの煙草を携帯している簡易灰皿に入れる。 「ごめんな。昨日煙草の匂いしたから、てっきり喫煙者だと思ってた」 「どこかで服に匂いが付いてたのかもしれないです」 「場所、移そうか」 凍夜が喫煙所の出入り口へ向かおうとした時、腕を強く掴まれた。 「ここで大丈夫です」 藤堂の真剣な眼差しに狼狽えてしまった。 先輩として格好良くありたいのに、藤堂と一緒にいるとどうにもペースを乱される。 いつまでもこの場所にいるわけにもいかない。 「来月から新しいプロジェクトが発足することになったんだ。それに藤堂、お前を推薦した」 「ありがとうございます」 「俺もそのプロジェクトに参加するから、よろしくな」 「ご指導、よろしくお願いします」 「お前、仕事早いし的確だから、即戦力として期待してるからな」 「がんばります」 その後、喫煙所を出て小一時間後、再び凍夜は的確すぎる藤堂の仕事っぷりに驚愕させられた。

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