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第3話
月日は経ち、プロジェクトが始動して半年が経った。
凍夜は通常業務と並行してプロジェクトの仕事もこなすために、始発で出社して、終電で帰宅する日々。
若い頃は全然平気だったのに、ここ最近は体力がなくなってきたのか、寝ても疲れが取れなくなってきた。
最近は体重計に乗ってないけど、鏡に映った肋骨が薄っすら浮いている自分を見て痩せたのを感じた。
体力が落ちたのは痩せてしまったのが原因かもしれない。
今日もいつものように寝起き一番にエナジードリンクを口にする。
朝ご飯は食べなくなった。
食べる時間があったらその時間を睡眠に充てていたいから。
怠い体に鞭を打ち、スーツに着替えて出社する。
今日を乗り切れば、明日は休みだ。
だけど、何だか足元が覚束ない。
体がふわふわしているように感じる。
ふらつく体を叱咤して仕事をするが、集中できていないせいか全然終わらない。
「ふぅ…」
「先輩、大丈夫ですか?」
「んぁ?」
焦点が合っていない目で隣を見ると、すぐ隣に藤堂がいて、凍夜の様子を窺っていた。
「だい、じょ、ぶだから」
平気なふりをしようとしても、焦点が合ってないし、頭がボォーとするしで今にも倒れそうだった。
手をひらひらさせて、さっさと自分のデスクに戻れとジェスチャーしても藤堂は戻ろうとしない。
「ちょっと失礼します」
藤堂の手が凍夜の額に触れる。
ひんやりして気持ちがいい。
「ん…」
「やっぱり熱がありますね」
「熱?」
「いつから体調が悪いんですか?」
「今朝、くらい、から…」
「今日はもう帰ってください」
「でも、仕事…」
「先輩なら元気になってからでも挽回できます。だから今日は帰ってください」
「でも…」
藤堂はガシガシと頭を掻き、チーフの元へ向かった。
何を話しているのか凍夜のデスクからは聞き取れなくて分からない。
しばらくして藤堂が凍夜の元へ戻ってきた。
「先輩、一緒に帰りますよ」
「ぇ…」
「荷物、貸してください。持ちますから」
「でも、仕事…」
「仕事は大丈夫ですから、帰りますよ」
藤堂に支えられるようにして、フロアを出る。
思っていた以上に重症で、朝よりも足元が覚束ない。
ちょうどやって来たエレベーターに乗り込み、一階へ下り始めた瞬間ぐらりと体が傾いた。
そのまま床に叩きつけられると思って目を瞑ったが、一向に体に痛みはない。
ゆっくり目を開けると、藤堂に肩を強く引かれ、胸に抱き留められていた。
熱によって思考能力や感覚がかなり落ちていた。
「家に着くまでがんばってください」
「ん…」
そこからはタクシーに乗り込み、家まで藤堂によって連れて来られた。
タクシーの中でも藤堂は肩を抱いていた手を放してはくれなかった。
嫌悪とかは全然なく、むしろ一人じゃないと安心させてくれているようだった。
「先輩、鍵は?」
「鞄の中」
「勝手に漁りますからね」
「ん…」
藤堂に連れられて、やっとの思いで家に到着した。
安堵感から藤堂に支えられているのも忘れてベッドに倒れ込んだ。
今朝ぶりのベッドの感触。
しかし、朝よりも熱が上がってきているのか、自分の体温を失ってしまったベッドを冷たく感じた。
温かさを求めて隣に一緒にベッドに倒れ込んだ藤堂をギュッと抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと!先輩」
「んぅ…」
「まだ寝ないでくださいよ」
「やだ…行かないで…」
「病人はベッドに入ってください」
「やだ…寂しい…」
「何そんな弱気なことを言ってるんですか」
「行かないで…」
凍夜は夢現で、離れていこうとする藤堂の首に両腕を絡め、自分の方に引き寄せた。
病人らしからぬ力で藤堂は少し体勢を崩してしまい、凍夜に覆い被さってしまった。
目と鼻の先には凍夜の唇がある。
ペロリと舐めた後だからか、ツヤツヤと光っている様子がやけに扇情的だった。
「先輩、離してください」
「やだ…」
「このままじゃ、俺、何するか分かんないですよ」
「いい…」
「は?」
「藤堂なら、何されても、いい…」
熱で潤んだ瞳は藤堂が思っている以上に暴力的だった。
「熱に浮かされている状態で言われても嬉しくないですよ」
「行かないで…側にいて…」
「先輩、どうしちゃったんですか?」
「行か、な、いで…」
潤んでいた瞳からは涙が一筋流れ、凍夜は眠った。
「先輩、寝ましたか?」
そっと凍夜の頬に触れるが、凍夜は目を覚ます気配がなかった。
「俺になら何されてもいいなんて言っちゃだめですよ。俺だって男なんだから、狼になっちゃうんですからね。まぁ、病人相手に無体を働くつもりはありませんけど」
涙の跡をそっと右手の人差し指で撫でた。
「今はゆっくり休んで早く元気になってください。それからなら、いくらでも相手になりますから」
凍夜の前髪をそっとかき分け、チュッと触れるだけのキスを落とし、藤堂は部屋から出た。
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