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第1話

     憂鬱な気分にさせる梅雨の時期は得意ではなく、 気圧の変化に身体が耐えきれない。 昔から、 低気圧が来るたびに頭痛が来て、 幼少のころは頭が痛いと泣くことがあった。  今ではひどい頭痛までは無いが、 集中が長く続かない。 だから、 得意ではない。 「筧、 お待たせ。 行こうか」 「ん。 ―― 雨、 止まねえな……」  ぼんやりと見続けた窓の向こう、 まったく動かない表情だが、 声は雨を鬱陶しそうに思っていることがよくわかる。 「ほんとだねぇ。 なぁに、 筧は雨が嫌いなの?」 「嫌い、 ではない、 ただ、 頭が少しぼんやりする。 あと…………、 や、 なんでもないや。 祥は、 雨はなんとも思わない?」 「そうだね、 僕は雨はなんとも。 ただ、 太陽ってあんまり好きじゃないから、 強いて言うなら日照が苦手かな?」 「特殊すぎた」 「だって焼けてしまいそうで嫌なんだよ、 僕は女の子並みに日焼けをしたくないタイプだからね」  ふわふわと女のように柔らかな口調は、 男だというのに性差をこえて美麗な顔のつくりをしている黒井にはしっくりくる。  理人と黒井は無駄話をしながら、 移動授業で使う実験室へ向かう。  実験室は理人たちの教室からそう遠くはない。 のんびりと黒井とふたりで歩いていると、 曲がる予定の角、 その向こうから複数の声が聞こえてきた。  それは男にしては高い、 きゃあきゃあと女子のように騒ぐ声。  普段は全く動かない理人の表情が動いた(と言っても微かに、 微かに眉間に皺がよっただけだが)。 「移動式動物園がやってくる……女モドキどもめ……」 「すごく言い当て妙だね、 そのセンス素敵」  ほわっと笑って黒井はすべらかな手で理人に拍手をおくった。 これに賞賛をおくる黒井の感性もなかなかであるが、 理人はそれについては何も言わない。 そんなところが黒井らしく、 そんなところが可愛らしいと思っているから。  そうこう言い合っている間に、 移動式動物園 ―― もとい、女モドキたちの集団は理人と黒井の横を通り過ぎようとしている。  女モドキたちはひとりの男子生徒を囲っているようで、 中心にいる男子生徒の顔をちらりと見ると、 嬉しそうでも、 嫌そうでもなく、 ただ無表情だった。 (……なんか、 見たことあるような顔だな)  そう思い、 じぃ、 と見つめていると理人の視線に気づいたのか、 その男子生徒が理人の方を見た。 「――――」 「――――」 (やっぱり、 どこかで見たことある気が……) 「ねえ、 あいつさっきから真人様のこと見てない?」 「え、 ほんとう? 真人様がいくら麗しいからって……」  ―― 凝視された本人が文句を言うのはわかるが、 何故まわりにそんな風に言われなくてはいけないのか。  ひそひそと、 しかし聞こえるように話すその声に不快感でいっぱいになった理人はそれらから視線を逸らした。 (ていうか、 あの中心のひと、 マコトって名前なのか……)  懐かしいその名前に、 理人は今一度、 男子生徒の方を見た。 男子生徒はじっと理人を見ていたらしく、 その男子生徒の口が、 「りい」 と動いた気がした。  ―― りい。  それは、 以前理人が呼ばれていた、 ただひとりだけが呼んでくれた、 特別な愛称だった。  手を伸ばそうとしたが、 黒井に 「筧、 もうチャイム鳴るから。 急ぐよ」 と伸ばそうとした腕を掴まれて教室へ急いだ。 「ぼくたちも教室に戻りましょう、 英様」  角を曲がる直前、 そんな声が聞こえた。   

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