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第2話
「ねえ、 黒井。 さっきの中心にいたひと、 どのクラスか知ってる?」
「え? えーっと、 英のことだよね……たしか、 Eじゃなかったかなあ……」
Eクラス、 と理人は何度も口の中で言う。 昼休みに見に行くため、 忘れないように。
「なあに、 英が気になるの? たしかに、 英はうちの学年では顔のいい方で、 無法地帯なファンクラブもあるけど……まさか筧まで……」
「どうした、 よく喋るね、 祥。 ……気になる、 というか……ちょっと、 ね」
「そう、 ちょっと……」
ふ、 と伏せられた目は、 長いまつ毛の陰に覆われ、 言葉に言い表せないほどに綺麗だ。 生まれてくる性別を間違えているとしか思えない、 と理人はそう思いながら、 「勘違いで、 ひと違いだったら恥ずかしいから、 確認が終わったら、 祥にも話すよ」 と言った。
「―― ひと違い?」
「うん……。 だから、 確認が終わったら、 話すよ」
もし、 もしも、 あの男子生徒が “そう” ならば……。
ぎゅう、 と握りしめた拳が痛みを訴えても、 理人はその手を解くことはしなかった。
* * * *
昼休み、 黒井と昼餉を食べ終えたあと、 理人は教室を出た。
(E、 Eクラス……ああ、 もう、 なんで校舎が違うんだっ)
理人の通う学校の校舎は片仮名のコの字形をしており、 ひと学年A~Fクラスまであるクラスを半分にわけてL字形に教室を配置している。 そのうえ多目的教室や選択教室もあるため、 理人が所属するBクラスからだとそこそこの距離がある。
小走りに、 昼休みでにぎわう人々をすり抜けて角を曲がる。
ようやく見えてきたEクラス。 だが、 ここで理人にひとつ問題があった。
初等部から高等部まであるこの学校は持ち上がりが基本で、 外部生と言われる途中編入してきた理人は黒井以外に話せる友人はおろか、 知り合いすらほぼ皆無で、 唯一寮で同じ部屋の生徒がひとりいるが、 その生徒がどのクラスかなんて、 知らない。
(タイミングよく、 ハナブサマコトが通ってくれないかな……それか、 同室者……)
ひょい、 と扉から教室内を見渡すが、 先ほど廊下で見た男子生徒は見当たらない。 無表情の下、 内心で大きく舌を打ち、 廊下の窓際の壁に寄りかかる。
時折窓の外を見て、 それとなく自分の教室近くで暇をつぶしている生徒を装うが、 理人は珍しい外部生なので入学してすぐに顔が知られていることを、 本人ばかりが知らない。
窓の向こう、 いまだにしとしとと降り続く雨を見つめ、 忘れかけていた頭痛が再発したことに気づき、 今度は小さく舌を打つ。
「―――― ねえ」
ぼんやりと外で雨に打たれては跳ね返す木々の葉を見ていた理人は、 自分のすぐそばにひとが立ったことに気づかなかった。
「……ねえ。 ちょっと、 ……聞こえてる? …………りい?」
近くで誰かの声が聞こえてるな、 ということに気づき始めたとき、 か細く、 寂し気な音を持って紡がれた「りい」に勢いよく振り返った。
振り返った先、 理人よりほんの少し上にある目と、 目が合った。
薄めの茶色の瞳が、 理人と目が合った瞬間に輝いたように見えた。
記憶に残っているのは、 いつもは出さない大きな声で泣き叫びながら、 理人に手を伸ばすも届かずに、 派手に着飾った女に手をひかれて遠ざかる姿。 理人といるときは笑っていて、 滅多に泣かなかったその子の泣き顔はとても痛々しく、 理人の記憶にいつまでも刻まれていた。
「やっぱり……っ、 理人だっ」
長い腕を広げて男子生徒は理人を抱き込んだ。 その瞬間、 周りで傍観していたであろう生徒たちから悲鳴があがった。
しかし理人も、 その男子生徒もそんなことは気にしていられなかった。
「―――― っ、 真人……!」
幼かったあの頃から動くことがなくなった表情が、 嘘のようにぐしゃりと歪み、 涙があふれた。
「会いたかった、 ずっと、 ずっと……っ、 会いたかったよ、 真人っ」
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