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「僕にかまっても何もいいことないと思うけど?」
相変わらずかわいくないね、君は。
「こんなところでスポ一ツ新聞読んでさ、かまってほしいってサイン?って思うだろ」
それに返ってきたのは、つまらなさそうな笑み。
「智はおもしろいよな」
「僕は自分が面白い人間だなんて思ったことないけどね」
俺はフォアロ一ゼスのロックを舐めた。別にこの酒が好きなわけではない。だってこの店、この酒しか置いてないから。ぼろいビルの地下にある薄っ暗い店「ラスタ」に俺はいる。
店主の仁さんがレゲエ好きだから「ラスタ」BGMはラヴァ一ズ系。このリズムを聞いて大して好きでもない酒を飲み、顔なじみと日常を交換する。
今俺がかまっている智は、この店の常連でトップレベルの外見をもったヤツだ。ただし性格はカワイイとは言えない。このひねくれ者が何人もの男をへこませるのを見てきた。こいつは絶対ドSだと思う。
「今度SMの女王様がやっている店にいこうぜ」
「僕はSMに興味はないよ」
「俺だってないけど、普通じゃない店で面白かった」
「この店だって普通じゃないと思うけど?」
「おいおい智ちゃん、そりゃ聞き捨てならないね」
背中をむけてレコ一ドをがさがささせていた仁さんがノンビリ言う。
「『アニマルプラネット』がテレビで見られて、レゲエを聴きつつ、マイノリティ一が集う店だよ?」
智がクスクス笑いながら仁さんに返す。
「動物ものはいい。おまけに音声がなくても楽しい。そして酒を飲むにはぴったりのレゲエだよ。最高の取り合わせでしょ?ねえ、宮ちゃん」
「ん~最高かどうか別にして、落着くことは確かだね」
俺の答えに仁さんが満足そうに笑みを浮かべる。時計を見ると1:00をすぎていた。そろそろ帰って寝る頃合。
「智、腹減ってない?蕎麦食べて帰らないか?」
「宮さん、それはいい考えだね。僕は冷やしたぬきがいいな」
「お前、ほんとに時々だけど、ものすごく素直で、かわいいこと言ったりするよな」
智は俺をバカにしたような目で見る。
「人間はギャップに惚れるんだよ。ひねくれ者の僕がごくたまに素直になると、効力を発揮するんだ」
「いちいち計算してたら、面倒じゃないの?」
「計算しているわけじゃないからね。自然にしていてこうなの。蕎麦どうするの?」
「いいな~蕎麦。俺も食べたい!」
「仁さんも行く?」
「4:00までまっててよ」
「やだよ、さすがにその時間にはベッドの中にいたい」
「仁さんビ一ルちょうだい」
「おい、智、蕎麦いくんじゃないのか?」
「う~ん、僕達がいなくなっちゃったら、そこの人と仁さんだけでしょ?なんだかかわいそうじゃない?」
そこの人とはカウンタ一につっぷして寝ている男だ。あんまり見かけない顔。といっても顔が見えないから確かじゃないけど。
「確かにな」
俺は氷が溶けて薄くなったバ一ボンをすする。ジャネット・ケイの歌声が心地いい。テレビでは豹の親子が木に登って獲物を食べていた。なんとなく帰るタイミングを逸した。
「宮ちゃん、仕事は相変わらず?」
仁さんがレコ一ドを拭きながら、のんびり言う。この人は、のんびりと話すから疲れてここにくると眠くなる。カウンタ一の男もそれで寝ちゃったのかも。
「相変わらずだよ、人間のモチベ一ションをあげるために日々努力してます。でも誰も俺のモチベ一ションの心配をしてくれないんだよね、不公平じゃない?」
俺は営業スタッフの研修を任されている。営業という仕事はメンタル面が重要だから、定期的に現場から戻して研修をする。客観的に自分をみることで現状を打開したり、自分に足りないものを認識してもらうわけだ。自分はどうありたいかというビジョンを持ってもらいたいし、スタッフの成績が上がれば俺もうれしい。
「宮さんがニッコリしながら頑張ろうねって言ったら、大抵の人間は頑張ろうって思っちゃうね」
「おい、智。褒めてビ一ルをおごらせる気だろ?」
「そんなこと思っていないよ。でもほんとに宮さんはスマ一トじゃない?誰にでも優しいしさ。でも、僕に言わせれば誰にも優しくないってことなんだけど」
こいつの油断ならないのはこういうところだ。見てないようでちゃんと人のことを見ている。
「ばれてたか」
「爽やかに微笑んで当たり障りのないバ一ジョンでこなしてる感じかな。見ていておもしろいけど、人でなしとも言える」
智はおかしそうに俺を見ながらビ一ルを飲む。
「興味のない相手に自分を出すのは面倒だろ。でも不愉快な人間だと思われるのも嫌だからさ。営業スマイルが出現するんだよ」
「その営業スマイルにときめいている男だって多いのに、罪だね、宮さん」
「言っとくけど、今でこそ、それなりだけど、俺高校生まで最悪のダサ男だったよ」
智のびっくりした顔を久しぶりに見た。俺の薄暗い過去も役に立つもんだ。
「それこそ本ばっかり読んでいて、友達もいないし。その頃にはさすがに自分がゲイだってことも認識してたから、どこにも居場所がない気持ちだった。どうせ俺なんか、どうせ、どうせって拗らせてた」
「嘘でしょ?ほんとに?」
「本当に本当だよ。何の目標もなかったし、何かを自分に課してそれを成し遂げるという経験もなかった。本当の挫折もしらなければ達成の喜びも知らなかったな。そして何かあると『どうせ俺は』って逃げていた」
「それがどうして今の宮さんになったわけ?」
「はっきり言われたんだ、お前は最低だって」
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