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【蘭と柴藤(恋文)】
◆表紙イラストの二人。イラスト依頼の際に書き下ろしたお話です。
彼は私のことを『魔法使いのようだ』と笑った。
彼の発言はいつも、要領を得ない。
『だからなんですか』と眉間に皺を寄せるたび、彼はさらに私を笑う。
『お前の肌は、白磁のようだ』なんて、真剣な眼差しでそう言うくせに。
『心は氷よりも冷たいがな』と付け足し、笑う彼が。
……私は、苦手だ。
つまるところ、彼は私をなんだと思っているのか。
彼の言葉が、解決されない謎として、私の心に降りこめていく。
毎日のように顔を見せてきたかと思えば、何日も姿を見せてこないときもあった。
彼の来訪なんか、気に留める必要がない事象だと、私は一蹴しよう。
すると、彼はまた突然やって来たかと思えば『恋文を書いてくれ』だなんて喚き始めた。
相も変わらず、度し難い。
本当に、馬鹿らしい。
* * *
「……なぁ、柴藤 。少しいいか?」
一枚の紙を手にしたまま、蘭 が顔を上げる。
視線の先には、机に向かって筆を執っている柴藤の姿があった。
柴藤は振り返ることもせず、蘭に素っ気無く返答する。
「帰って下さい」
柴藤の態度は、どこまでも冷淡だ。
それでもめげることなく、蘭は机に向かう柴藤へ詰め寄る。
「俺はお前さんに『恋文を書いてくれ』と言ったはずなんだが?」
「だから書いたでしょう。帰って下さい」
「これの? どこが?」
机上に、柴藤が書いた【恋文と思しき紙】を置き、蘭は柴藤の顔を覗き込む。
それでも柴藤は、蘭の目を見なかった。
けれど、蘭も決して引かない。
「愛も恋も酸いも甘いも感じないんだが? むしろ、俺は若干、苦味を感じた」
「恋とはそういうものです。帰って下さい」
「雑にあしらっているだろう!」
一切顔を上げない柴藤に痺れを切らし、蘭は背後からおもむろに、柴藤を抱き竦める。
――すると、柴藤の頬が瞬時に赤く染まった。
「なっ、なんですか。……帰って下さいっ」
「素直に気持ちを伝えられないお前さんの為に! あえて! お前さんの得意分野で! 回りくどい! 恋文という手法を提案してやったんだぞ!」
「意味が分かりません! 帰――」
「ん? お前さん、なにを書いているんだ?」
華奢な柴藤を腕の中に閉じ込めたまま、蘭は机上を眺める。
てっきり、柴藤は仕事として小説を書いているのだとばかり思っていた蘭は、広げられた紙を凝視した後。
――笑みを零した。
「なんだ、こっちが本物か」
「ちが……っ! これは仕事――」
「どれどれ? えっと……『私に恋文を書かせる前に、まずはあなたから――』」
「蘭っ!」
紙に書かれた言葉を読み上げ始めた蘭の腕で、柴藤が暴れ始める。
必死に腕を動かし、筆に墨をたっぷりと吸わせて、柴藤は慌てて机上の紙を黒く塗り潰す。
「あ~! まだ読み終わってないぞ!」
「五月蠅い! あなたの目もこうしてやりましょうかっ!」
「おい、柴藤ッ! 本当に筆を寄せるてくるなッ!」
筆を振り回す柴藤をかわしながら、蘭は視界の端に、墨で黒く汚れた紙を捉えた。
そこに書かれていた言葉を思い返し、蘭が笑うと……柴藤の頬はさらに、赤く染まる。
『私に恋文を書かせる前に、まずはあなたから愛を告げるのが礼節では?』
素直に気持ちを伝えられない恋人が綴った愛らしい恋文は。
……確かに、彼の胸へと届いた。
【蘭と柴藤(恋文)】 了
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