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【震える指先】

◆小説用お題ったー。様より ~お題【震える指先】~  どんな人も、たちまち幸福にしてしまう音楽は、確かに存在する。  病める人の心を救い、泣いている子供を笑顔にし、愛を誓い合った二人に祝福をもたらす。  彼が作曲した作品を、国民は【福音】と呼んだ。  恋人と暮らし、近隣の住民と毎日言葉を交わし、慎ましやかだけれどありふれた幸福に、彼は包まれていた。  だからこそ、彼の作る音楽は幸せに満ち溢れている。 「ピアノを弾けたら、君が作った曲を毎日奏でるのにな」  そう言って微笑む恋人は、生まれながらに両腕が欠損していた。  けれど、恋人はそのことを嘆いたりしない。そんなひたむきなところに、彼は惹かれたのだ。 「それなら、毎日口ずさんでもらおうかな」  彼がそう言うと、恋人は笑みを返す。  二人で笑い合うその瞬間は、夢のように幸せだった。  * * *  彼は毎日のように、音楽を生み出す。  世界を幸福にするためだとか、そんな大義名分は持たずに。ただひたすらに、曲を作る。  ──そうすると、恋人が笑ってくれるから。  ある日、彼に王命が下された。『国の創立記念式典で演奏する協奏曲』の作曲だ。  そんな大それた音楽は作れないと、彼は断ろうとしたけれど……恋人に強く背を押され、作曲を決意。  毎日毎日、楽譜に音符を描き続けた。  * * *  王命が下されてから、一ヶ月後。  創立記念日を祝福する協奏曲が完成し、楽譜を届けるために彼は、国王が待つ宮殿へ向かった。  楽譜を受け取った国王は、彼を絶賛。  その喜びを恋人へ伝えるため、彼は駆け足で帰路に就く。  ──異変に気付いたのは、その時だ。 「──黒煙……っ?」  恋人が待つ、彼等の家は……燃えていた。  ──腕を持たない恋人は、どうやって逃げたのか。  非情な現実という刃が、彼を刺す。  ──助かるはずが、ない。  頭の片隅では、しっかりと分かっていたのだから。  * * *  創立記念式典を無事に終えた翌日、彼を気に入った国王から再度、王命が下った。  今度は『王子の結婚を祝福する音楽』の作曲だ。  とても素晴らしい、王子の門出を祝えるのなら本望だと、彼は王命を引き受ける。  急いで作曲しようとペンを握り、彼は楽譜に視線を落とす。  ──握られたペン先が、小さく震えた。 「楽譜って、なにを描くんだっけ……?」  恋人を失った彼に……【福音】は、訪れない。 【震える指先】 了

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