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【初恋を食べる悪魔さん】 上

◆fujossy様公式コンテスト 「5分で感じる『初恋』BL」コンテスト 用 作品  好きになってはいけない人を好きになった経験があるだろうか。  友達の恋人、既婚者、同性、血のつながった家族。そうした相手に対し、抱いてはいけない恋心を抱いてしまった人間は、数多くいた。  そして、そういった恋心を持った人間が今宵もまた、この館を訪れるのだ。 「──つまり、お前は男だというのに、同性である男を好きになってしまったのだな?」  そう訊ねるのは、知る人ぞ知る悪魔だった。  悪魔に自らの恋を打ち明けるその青年は、涙を流しながら何度も頷く。 「もう、本当につらくて……っ! アイツが『親友』って呼んでくれるたびに、アイツを裏切っているみたいで……っ! こんなことなら、人を好きになんかなりたくなかった……っ!」 「あぁ、そうだな。それはつらいよなぁ?」 「お願いしますっ、悪魔さんっ! この恋心を、どうか消してくださいっ!」  青年はテーブルを叩き、悪魔に懇願する。  涙ながらの懇願を受け、悪魔は口角を上げた。 「任せておけ。俺がお前のその【初恋】を、なかったことにしてやろう」  ──絶望の中に立つ人間には、悪魔が天使に見えるらしい。……これは、この悪魔の持論だった。  なぜならば、そうでないとまかり通らないのだ。 「ありがとうございます……っ! ありがとう、ございます……っ!」  ──悪魔の笑みを見て、こうも歓喜する人間がいるものか。  心の中でそんな悪態を吐きながら、悪魔は青年に手を伸ばす。 「それじゃあ、お前の初恋。俺が全部【食べて】やろうか」  伸ばした手のひらに、ポゥと光が宿る。  その光は、どこか温かくて。 「いただきます」  どこか、寂しい輝きをしていた。  * * *  初恋を主食にする悪魔がいるという噂が、この国には広がっていた。  抱いてはいけない初恋を『消したい』と強く願えば、突如として目の前に、不気味な館が現れる。その中にいる男こそが、人間の初恋を主食として生きている悪魔だ。  まるで腫瘍を摘出するように、悪魔は依頼主である人間から【初恋】という感情を奪い取る。  相手に対する恋情や、胸の高鳴り。ひいては【恋をしていた記憶】すらも、その悪魔は奪ってしまうのだ。  無論、記憶を奪われるということは、同じ過ちを繰り返す可能性があるということ。中には、同じ相手にもう一度恋をしてしまう人間もいた。  だがそんなこと、悪魔にとっては想定の範囲内。……むしろ、悪魔にとっては【それこそが】狙いなのだ。  人間がどれだけ苦しもうと、嘆こうと。悪魔にとっては、どうでもいい。大事なのは、人間がその【初恋】を悪魔に捧げるということ。……それこそが、悪魔の目的なのだから。 「人間は実に愚かだ。恋情というたったひとつの感情だけで、自らが持つ全ての可能性を無為にしてしまうのだから」  青年を館から見送った後、悪魔は腕を上げて体を伸ばす。 「だからこそ、愉快でたまらないというものだがな」  体から力を抜いた悪魔はふと、館の外に人の気配を感じる。 「また【餌】が来たか」  初恋を消したいと願った人間が迷い込む、不気味で不思議な館。  外に人の気配があるということは、誰かがこの場所を求めたということ。  自らが産んでしまった初恋の感情を、消したいと願った証。  ペロリと、悪魔は舌なめずりをする。 「まったく、愚かな人間め。この俺が太ったら、いったいどうしてくれるというのだ」  そう呟くも、悪魔の唇は弧を描いていた。  館の扉が、ゆっくりと開かれる。  悪魔は喜色満面と形容されそうな表情で来訪者を振り返り──。 「いらっしゃ──げっ」  すぐにその表情を、硬化させた。

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