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【初恋を食べる悪魔さん】 下

◆fujossy様公式コンテスト 「5分で感じる『初恋』BL」コンテスト 用 作品  青年がこの館に『初めて来た』と錯覚しているのも、無理はない。  悪魔は初恋の感情と同時に、初恋相手との記憶も奪い取る。  つまり青年は、悪魔への恋心を奪われると同時に、悪魔と交わした会話などの記憶も奪われているのだ。  いくら青年が恥じらい、照れくさそうに頬を掻いていたとしても、悪魔にとっては見飽きた光景だった。 「何度も何度もあなたに食べてもらえていたなんて、もういっそあなたの体は僕で構築されていると言っても過言ではないのではないでしょうかっ?」 「過言だ、馬鹿者。さてはお前、阿呆だな?」 「そんな冷たい目で見ないでくださいっ! ドキドキして、もっと好きになってしまいますっ! あぁッ、つらいッ!」 「どうやら俺が間違っていたようだ。お前は阿呆ではなく、正真正銘のド阿呆だ」  悪魔は男を睥睨しつつ、ため息を吐く。 「もういい。お前のその腹立たしい初恋を食べてやる」 「よろしくお願いしますっ!」 「こんなに元気よく頼むのは後にも先にもお前だけだろうな」  そっと、悪魔は男に向かって手を伸ばす。  ……そこで、ふと。どことなく嬉しそうにしている男を見て、悪魔は僅かばかりの興味を抱いた。 「なぁ、人間。お前に訊きたいことがある」  男は小首を傾げて、続く言葉を待っている。  悪魔は手の先を男に向けたまま、胸に生まれたばかりの好奇心を口にした。 「──こんなに何度も俺を好きになるくせに、なぜお前はその恋心を毎回『消したい』と願うのだ?」  過去二十九回分の理由は、もう訊けない。  だが、三十回目である今の理由ならば訊くことができる。  悪魔の問いに対し、男はなんとも頼りない、ヘラリとした笑みを浮かべた。 「──だって、男同士だとあなたの迷惑になるじゃないですか」  【悪魔】と【人間】という、そんな根本的な違いではない。  男が初恋を諦める理由は、他の人間にもよくある理由からだった。  ほんの一瞬、悪魔の指先が跳ねる。  ……けれどすぐに、悪魔はその指先を男の胸に向けた。 「お前は本当に、愚か者だな」  悪魔がそう呟くと同時に。  悪魔の手のひらには、温かくも悲しい光が宿った。  * * *  扉の鍵を閉め、悪魔はその場にしゃがみ込む。 「『男同士だとあなたの迷惑になるじゃないですか』とは、ふざけたことをぬかす人間だ」  呟き、悪魔は自らの手のひらを見つめる。  その手にはもう、先ほどまでの輝きはない。  ……悪魔は、人の感情が大好きだ。混沌としていて、一言では形容できないほど複雑で。  その中でも最も歪んでいるのが、人間が持つ【恋】という感情。  そして【恋】の中でも一際輝いているのが、この悪魔が主食としている【初恋】だった。  初めてだからこそ、特別な味わいの感情。そんな【初恋】が、悪魔は大好きだった。  悪魔は眺めていた手を、自身の喉元に当てる。 「──それを何度も食らわせる方が、よほど残酷ではないか」  するりと、指先が悪魔の胸を這う。 「まぁ、それもまた一興か」  悪魔は口角を上げて、天井を仰ぎ見た。……思い返すのは、男の表情。  初恋を奪われた男は、目の前に座る悪魔を見て動揺していた。それは、目の前にツノの生えた男が座っているからではないだろう。  ──まるで一目惚れをしたかのように、頬を赤らめながら戸惑っていたのだから。 「まるで人間が掲げる【自給自足】という思想のようだな」  きっと彼は、またこの館を訪れる。  そしてもう一度、彼はこう言うのだろう。  ──僕の初恋をもらってください、と。 【初恋を食べる悪魔さん】 了

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