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第1話
この街の朝のラッシュは殺人的だ。
バイクと車に埋め尽くされた広い道路を見るたび、島津亮祐 は眉をひそめる。しかもそのバイクは二人乗りどころか3人、4人乗りが当たり前。東京の地下鉄の通勤ラッシュも殺人的だったが、この国の交通ルールの適当さは赴任して半年経ってもまだ慣れない。
そして運転手つきの車で出勤できることを感謝せずにはいられない。俗にアジア駐在はヨーロッパ駐在よりも格下と見なされるが、ロンドン赴任した同期は地下鉄で通勤していると聞く。ざまあみろ、俺はメイドと運転手つきの海外赴任生活を楽しんでいる。お前はせいぜい、新妻のまずい手料理でも食べて駐在員カーストの中で揉まれまくればいい。
入社以来、常に出世争いしている同期の顔を思い浮かべてしまい、亮祐は軽く首を振った。いいんだ、あんな奴、思い出す価値もない。物価が安く交通事情が悪いおかげで東南アジアの駐在員はメイドと運転手を雇って優雅に生活できるのだ。ロンドン赴任やパリ赴任がいくら勝ち組と言われようとこんな生活はできない。負け組、大いに結構。
それに赴任前には知らなかったが、ここは亮祐にとって極楽のような国だった。ゲイにもニューハーフにも寛容な上に奔放なタイプが多く親日派も多い。
昨夜も楽しかったな。亮祐は後部座席でにんまりする。駐在員仲間に誘われて行ったバーで会った青年は、細身で引き締まった体がとても好みだった。しっとり濡れたような目も気持ちよさげに喘ぐ表情も。思い出すだけで下半身が熱を持ちそうになって亮祐は深呼吸する。
今週中にもう一度あの子に会いたい。ああ、でもチャナともデートしないと。秘書のトイプードルのようなかわいい顔を思い浮かべて、亮祐はやに下がる。
日本では隠れゲイで男性経験がなかった亮祐は、赴任して最初の3日で7人の男に口説かれ、5日目に初めて男同士のセックスを経験した。生まれて31年、ようやく自分を偽らなくていい環境に来て、亮祐は身も心も楽になった。
身長175センチで端正な顔をした亮祐はスポーツも勉強もほどよく出来たため女性によくモテた。中学生でゲイだと自覚したがつき合ったのは女性だけだ。世間一般から外れるのが怖くて、告白してきた女性とつき合ってみたが当然うまくいかず、いつもフラれて終わる。そんなことを繰り返すうち「来る者拒まず誰にも本気にならない遊び人」と評判になる始末だ。
でもそんな過去とはおさらばだ、今や亮祐に抱かれたいというかわいい男がいくらでもいるのだ。これを極楽と言わずして何と言う?
ここに来て初めて亮祐はかなり快楽に弱いタイプだと自覚した。だって気持ちイイのだ。人生最大のモテ期で相手は選び放題なのだ。浮かれて流されたところで独身の亮祐に困ることなど何もない。
そんなわけで赴任以来、亮祐は気ままで奔放な生活を堪能している。
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