2 / 2

後編

  「な、おいしいだろ」    小池は自信満々に言いながら指先は少し震え、落ち着かないように足が動いていた。  俺は「まずい」と即答する。  いくらでも嘘はつけるし、この場を切り抜けられるかもしれない。  だが、もう無理だった。限界だ。  俺の答えに傷ついた表情を無理やり笑顔に変えて「ま、ストーカーの作ったもんなんかおいしいわけねえよな」と口にする小池。   「お前はなんなの、やる気あるの」 「青崎?」 「お前は自分がストーカーだってのを隠したいのか教えたいのかどっちなんだよ」 「あ、あおさき……?」 「とっくに俺はお前がストーカーだってのはわかってんだよ。俺の席に仕込んでる手紙を授業中に隣の席で書いてるんだから気づかねえわけないだろ」    ストーカー被害としては登下校付け回されたり手紙と弁当と隠し撮りだ。    登校時は前日の夜に俺がどれだけエロいのかという妄想した内容。  下校時は一日の俺の行動についてのあれこれ。  そして、不定期に机の中にも手紙は入れられる。  誰々と親しくしているという嫉妬の手紙であることが主だが写真も同封されている。  俺と話している相手の顔が塗りつぶされていたりする。     その手紙を小池は俺の隣の席で書いているので最初はカミングアウトされているのかと思った。  弁当にしても作り慣れていないのか指に怪我をしていたり俺が食べるたびに味を聞いてくる。  自分がしていることがストーカーだと理解しながら隠し方が中途半端だ。  開き直っているわけでもないのは知っている。俺が核心に触れようとすると微妙に言い逃れる。  俺にバレていないと思っている小池は滑稽だが笑えない。   「お前、何がしたいわけ? 俺が好きなの? 好きならさっさと告白すれば、振るけど」    男を恋愛対象にする気のない俺はイケメンだろうが小池の気持ちを受け入れる気はない。  それを知っているからこそ小池はこういうアプローチを選んだのかもしれない。   「これ、これやるから……青崎を好きでいることは許してくれよ」    パックジュースを渡される。  それがイチゴミルクだったので俺はもうブチ切れた。   「ふざけるのもいい加減にしろ!! 俺を好きだ? ちょっとそこに正座しろよ、ストーカー野郎っ!!」    俺の勢いに飲まれたのか小池は床に正座した。  肩を落として俺を見上げてくる姿は叱られた犬のようだがかわいくない。  教室にいたクラスメイト達からの視線なんか気にせずに俺は机を叩きながらたまりにたまった不満をぶちまける。   「俺が好きなのはフルーツ牛乳だし、卵焼きは塩派だし、好きなキャラはピンクじゃなくて青なんだよ!! さくらでんぶ使って描いてんじゃねえよ。てめーは何から何まで間違ってんだよ!! このクズが! ストーカーのくせしてなんで俺のことを何もわかってないんだ! お前の目は節穴かよ。ちゃんと俺の好みを把握しろよ!!」    ざわつく周りなんか関係ない。   「ストーカーするならもっと真面目にストーカーしろ!!」    俺はヤンデレが好きだがなんちゃってヤンデレは大っ嫌いだ。  主人公を好きだと見せかけて実は大して好きじゃないというレベルの描写のヤンデレには殺意すら覚える。  好きだから相手に尽くして相手のすべてを把握して相手を束縛して嫉妬したりする。  だが、そもそも相手のことを何一つ理解していないようなヤンデレはヤンデレじゃない。  ただのメンヘラ地雷だ。  かわいくない。  見た目とか性別の問題じゃない。  ストーカーのくせにストーカーしている対象の情報を知らないなんてありえない。  俺の怒りにクラスメイトが「ストーカー自体はOKなのか」と声をかけてきたので「OKじゃねえけどやるならきちんとやってねえとムカつくだろ」と返すと首を傾げられた。   「青崎、あの……好きです!! ストーカーさせてくださいっ」    小池がきりっとした顔で馬鹿なことを言ってくるので「そこは付き合ってくださいだろ!!」と頭にげんこつを落としてやった。痛がっているが嬉しそうな小池は周りからなぜか励まされていた。   「絶対に付き合わねえが、弁当を食べてほしいならちゃんと俺の好みに合ったものを作れ。それが最低限のマナーだろ。あと、フルーツ牛乳を用意しておけ。……うまく隠し撮りができねえなら堂々と撮っていいから変な体勢になるなよ? 首ひねると痛いだろ」    偉そうだと思うが隠し撮り技術が低くて本当にイライラしていた。  別に俺はストーカーである小池に嫌われてもいいし、弁当はなくてもいい。  ただ中途半端につけまわされるのはイラつくので下手な尾行をされるよりも隣で一緒に登下校された方がマシだ。    言いたいことを言ってすっきりした俺は翌日から自分の周囲がガラッと変わることを知らない。  俺は想像以上にストーカーされていた。  小池に向かって口にした言葉が自分に向けられたものだと感じたらしい潜伏ストーカーたちが一斉に主張しだした。    いわく「自分の方が青崎を好き」と言いたいらしい。  大体誰が何をしているどんなタイプのストーカーなのかはわかっているが、全然俺の求めている完璧なヤンデレではないので願い下げだ。    俺が感動するような尽くし系なできる嫁ならヤンデレでも性別が男でも受け入れてやるところだが見た限り、全然そんな理想的な人間はいない。やっぱりここが三次元の限界だろう。

ともだちにシェアしよう!