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001 君のために世界をやり直す1-2

数分後、泣き止んだユーティはカールハインツに謝罪した。 フォルクハルトのことは無視だ。 不敬な気もするが、混乱している女子に対してお目こぼしがあるだろうと思ったが、不快そうな顔を隠していない。 カールが「兄上」と小声でツッコミを入れているが、フォルクは大人げなく腕を組んでユーティをにらむ。 「フォルクハルト、申し訳ない」 「謝る相手が違うだろう。お前ではなく――」 「お兄さまが、謝る必要はありません」 ユーティが、フォルクをにらむ。 こんなブチ切れたユーティは俺が毒を盛られたとき以来だ。 つまり、今はそれと同じような状況ということだろう。 「謝るのは王子でありながら、不誠実な振る舞いを続けたフォルクハルト殿下のほうです」 ユーティの言う不誠実な振る舞いというのは、サエコの件だ。 異世界からやってきた少女サエコは、この世界の常識に馴染むため同じ学園に通っている。 怪しい人間を学園に入れて、同じ学園に通う王族や貴族が暗殺されたらどうするのかという話もあるが、しきたりなので仕方がない。 元々、異世界からやってきた人間は、王家が身元引受人ということになっている。 生活に馴染むため、フォルクと接していき、二人の距離が近くなり、恋仲になっても責めることではない。 節度は守るべきだが、婚約を解消した後のことは本人たち次第だ。俺が関与することじゃない。 俺とフォルクの間の婚約はフォルクを王にするためのものだった。 そこに恋愛感情はない。 フォルクが王座よりもサエコをとった。 そのことは一国民として喜ばしい。 優男ではあるが、カールの方が思慮深い。 これから様々な経験を経て、王になるのがふさわしい男へと成長するだろう。 フォルクは考えなしなところがあるので、外交は任せられない。 見た目に華があるので国民人気は高いが、一歩間違うと傀儡になりかねない。 それも俺がいるから大丈夫だと思っていたが、婚約は解消された。 今後のフォルクがどうなるのかは分からない。 友人として出来る限りの助けはしてやりたいが難しいだろう。 「お兄さまと婚約状態にあるにもかかわらず、サエコ様を孕ませたと聞きました」 これは俺も初耳だ。 フォルクを見ると否定しようと口を開きかけて、うつむいた。 何の言い訳もしないのは、逆に引いてしまう。 何も言わない兄の代わりにか出来る弟が「ユーティ、侮辱は控えてくれ」と間に入る。 「兄上はサエコの持たれる知識に惚れこまれたのだ。国益を考えてくださっているのだ」 「お兄さまとの婚約を解消された後でしたら、婚前交渉をなさったとしても何も言いません。我々には関係のないことです。けれど――」 「ユーティ、フォルクハルトはサエコ嬢を愛している。だから自分の地位を捨ててもいい覚悟だ。不誠実な行いは自分に跳ね返ってくることだろう。フォルクハルトは、陛下の信用を失ったとしてもサエコ嬢と共に歩くつもりでいる」 俺の発言になぜかカールとフォルクが絶句する。 普通に考えればわかる。今回の件でフォルクは王になることは永遠にありえなくなった。 俺とフォルクの婚約は王位継承権を誰が持っているかの証明だ。 いわば俺は王冠だった。 俺と婚約していたからこそ、次期王だとフォルクは周りから思われていた。 それによって受けていた恩恵だってあっただろう。 俺を手放すということは、王座を諦めることになる。 「兄上は……クロトを手放すつもりがないと言っていた」  強く握りしめられたカールの手が痛々しい。  ここに来て、ユーティの涙が、フォルクへの怒りが、やっとわかった。  フォルクとのつながりは終わったものだと思っていたが、意外と野心家だ。   「フォルクハルト、君は俺を愛人にでも迎え入れるつもり?」    考えもしなかった。  陛下が求めるのが、侯爵家の血であるならその選択肢もありえるが、俺を誰だと思っているんだろう。  平民でも下位の貴族でもない。侯爵家の人間だ。   「俺はクロト・プロセチアだ。父が亡くなれば、クロト・クローノ・プロセチアを名乗ることになる。第一王子との婚約がない今、隣国や同盟国の姫君と婚姻を結ぶことになる男だよ? 愛人として囲われるなんて、ありえない話だ」 「兄上はクロトが側室になると……それをクロトが了承していると」 「サエコ嬢は側室を許さない、だが愛人ならいいとおっしゃっていた」 「クロト、サエコの言い分など無視すればいい」    不誠実だとユーティに言われたばかりだというのにフォルクは考えなしだ。  口から出した言葉の意味を深く考えていない。   「側室だって、陛下がお許しになるかどうか」    男の側室が問題になるというよりも、心証の話だ。  王家が無理を言ってプロセチアの血を求めたのであって、こちらがお願いしたわけではない。  ユーティは第二王子であるカールハインツを慕っているが、公の場でそういった姿は見せていない。  自分の立場を自覚しているからだ。   「俺は君の子供を産む道具ではない。……陛下のお人柄なら、俺が君の愛人を望んだのなら咎めはしないだろうけどね。期待には応えられないよ」  言うまでもなく自分や俺の立場を理解してくれていると思っていた。  俺を正妻以外で迎え入れれば国が分裂しかねない。  もちろん、俺が心底フォルクに惚れこんでいて、離れられないと思ったのなら対応はできる。  各方面に頭を下げて円満に納得いただくために骨を折っただろう。  だが、俺とフォルクの関係は甘く情熱的なものではない。 「俺は侯爵家を継いで、クロト・クローノ・プロセチアを名乗る。そして、相応の人間を妻に求めるつもりでいる。条件次第では妻は女性に限らないけれどね」    俺の言葉の何がフォルクの琴線に触れたのか分からないが、胸ぐらをつかみあげられた。  横からカールがとめてくれるが、息苦しい。  ユーティがまた涙ぐんでいる。   「フォルクハルト、君が何を不満に思っているのか分からないよ」 「なんで……なんで、そんな…………クロトは俺のことを、少しも好きじゃなかったのか!? 今まで、少しも好きにならなかったのか!?」 「仮に好きだと言って、それで心変わりをするのはサエコ嬢に失礼ではないか?」    顔面を思いっきり殴られた。  カッと来たからといって殴るのはよくない。  とくにユーティの前で暴力なんて、最低だ。   「フォルクハルト、君の怒りのツボがよくわからないんだけど……」 「さっきから何なんだよ!! フォルクハルト、フォルクハルト! 今までずっとフォルクって呼んでたじゃないか」 「婚約者という立場ではなくなったなら、それ相応の距離感で付き合うのは当たり前だ」 「それ相応ってなんだよ! そこに愛はあるのか!?」    なくてもいいんじゃないかという言葉は飲み込む。  そのぐらいの配慮はできる。  ユーティを見ると声もなく泣いていた。  カールはビックリしすぎたのか立ち尽くしている。   「お兄さまはお優しいから頼まれ続けたら、一人ぐらい産んでやるかと流されてしまうのでしょう? わたくしが子供をなかなか産めなかったら、圧力が掛かるに決まっていますもの」    息継ぎなのか、喉から変な音が出たユーティが不穏な言葉を口にしそうな気配がする。  行動を起こさなければいけない。  身だしなみ用に持ち歩いているハサミを取り出した。   「カールハインツ殿下だって、本当はお兄さまが――」    これは絶対に言わせてはならない。  たとえ事実でも、勘違いでも、一生その考えに憑りつかれてしまう。  指先から流れる血と舞い散る髪の毛。   「クロト、なにを?」 「クロト、まさか!?」    何も理解できていないフォルクと俺がこれからすることを理解してしまったカール。  二人の対照的な姿がおかしくて、笑みを深める。   「打算と妥協で、選ばれるわたくしは」 「そんなことはない。ユースティティア、俺が君の泣かない世界を作ろう」    賢い妹は自分が愛されないことに絶望している。  そして、同時に俺のためにも泣いてくれた。  愛する人と幸せになってくれと繰り返し口にする妹に俺は「フォルクが好きだよ」と彼女を安心させるための嘘を吐き続けた。    本気の恋などするつもりはなかった。  自分の立場を思えば、考えられない。    妹をこれほど泣かせて打ちのめすぐらいなら、俺が先に恋に打ち砕かれたり成就する姿を見せてやるべきだ。  兄として、妹の望みを叶えてやりたい。   「君のために世界をやり直す」    それが俺たちプロセチア家の持つ奇跡の力だ。

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