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006 俺自身も幸せになる1-2

「ユーティが今までもこれからも頑張っていたことを俺は知っている。だから、大丈夫だ。何も我慢する必要はない。不安なことも不満なことも全部言ってくれていい」    王宮の宝物庫から拝借した髪飾りをユーティにつける。  フォルクがサエコに与えた羽をモチーフにした髪飾り。  最高品質の結界魔法が封じ込められた珠玉の一品。  事実上、サエコが第一王子であるフォルクハルトの寵愛を得た証だ。  現場を見ていないがユーティはサエコの髪飾りを見て「わたくしの!」と叫んで奪おうとしたという。    常軌を逸した行動は、侯爵令嬢のわがままとして周囲には見られた。    俺はユーティの行動の理由を分かっていた。  ユーティが戻る前の世界で、髪飾りはユーティの持ち物だったのだろう。  誰かからユーティに贈られた品だった。  我を忘れるほどに思い出深いものだったに違いない。    だが世界の流れが変われば、品物の送り先だって変わる。    そのことはユーティも分かっていたはずだ。にもかかわらず、軽率な行動をとった。  俺は責めはしなかったが、積極的に庇うこともしなかった。    当時、俺にはユーティの精神的に支えることよりも優先するべきものが多すぎた。    今にして思えば、どうでもいいことだ。  フォルクの機嫌をとることもプロセチア家としての面子も全て後回しでよかった。  妹の心の傷を思えば、何一つ重要なものではない。    その事件以降、ユーティの癇癪はひどいことになっていた。  サエコとの対立や悪い噂も増えた。  以前の世界で髪飾りがユーティにとって大事な心の支えだったのかもしれない。  すぐに思い至るべき当たり前の事実を俺は見落としていた。   「この髪飾りはユーティのためのものだよ」 「わたくし、の?」 「国一番の宝物を守るためのお守りだ」    ユーティの手を握ると「ありがとうございます」と何度も口にする。  心から救われたというその顔は、少女のものではない。  しゃくりあげて、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら「わたくしは生きていていいのですね」と舌足らずに言う。    ユーティが過ごした時間を俺はまだ知らない。  それでも、俺はユーティの傷を知っていた。  苦しんでいる妹を知っていたのに守らなかった。    サエコがユーティに怒っていても俺の微笑みの前に屈することなど分かりきっていた。  俺なら対処ができたはずだ。  サエコ好みの新しい髪飾りとネックレスとドレスをお詫びと称して贈った上で、ケチがついてしまった髪飾りを回収する。そんなこと容易くできる。サエコは髪飾りの価値を知らない。    フォルクからの心証が最悪になり、取り返しのつかない溝ができたとしてもサエコを言いくるめることぐらい簡単だ。  無意識に、意識的に、俺はフォルクとユーティを天秤にかけて、フォルクをとってしまった。  ユーティはそのことを感じながらも俺を直接責めることをしなかった。    けれど、だからこそ。だからこそ、あれほどまでに泣いたのだろう。  自分よりも俺に選ばれていたフォルクが憎くて、選ばれなかった自分の悲しみが無意味になったこともまたユーティを傷つけたはずだ。   「へいかは、お許しになるでしょうか」 「許さないはずがない。これはユーティのものなのだから気にする必要はないよ。陛下は事後報告になることを気にされる方じゃない」 「おにいさまの、むち、もですか」    むちというのは、無知ではない。  鞭だ。  これも宝物庫から持ち出した。    王宮の宝物庫にあるのだから、髪飾りも鞭も一級品だ。  侯爵家の七歳児が持ち出しを許されたりはしない。本来ならば。   「陛下から特別な権限をいただいている。それはユーティの憂いを晴らす手助けになる」    陛下が口にした俺への助力は個人的なものなので、俺の発言は拡大解釈だ。  だが、ユーティの安心した顔を見ると三年後には俺の手元に来る鞭なのだから早めに手に入れてもいいのではないかと思ってしまう。  武力には武力で立ち向かうのは愚かだが、相手がこちらを無力だと思っているのなら武装しておくのが常識だ。    今回の件を理由に陛下を批難することなど出来ない。  もしそうする人間がいたのなら、そいつは反逆者だ。  不穏分子のあぶりだしが出来たことを陛下はお喜びになるだろう。

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