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006 俺自身も幸せになる1-1

 侯爵家であるプロセチア家はもちろん領地が与えられている。  けれど、父と俺たち兄妹は半年前から王都の屋敷で暮らしていた。  父は王宮での仕事があるので、領地運営に元々携わっていない。人に任せていた。  それが悪かったのか、では、領地は乗っ取られ、両親は毒殺されたという。  毒の影響からユーティは虚弱体質でおとなしく気弱な性格になったという。    その世界での俺はどれだけ無能なのかと呆れかえるが、この世界で言うところの一カ月前に誘拐され、記憶を失うらしい。ユーティのおかげで、毒殺も誘拐も未然に防ぐことができて、家族はいたって健康だ。    ただ領地の運営に関してはまだ尻尾を出していないので、この段階では不穏分子を駆逐しきっていない。  二度目なので、手探りだった一度目と違って、やり方は心得ている。   「ユーティ、あらためてお礼を言わせてくれ」 「おにいさま?」    王宮から王都にある屋敷に馬車で移動する。  ユーティの精神が不安定になってしまうので、この時期は従者を連れていない。  二人っきりだけの個室だ。   「陛下とお会いする前に言った通り、俺は時間を戻してここに居る。十七歳のクロト・プロセチアだ」    自分だけが知る十年間。自分が過ごした十年間がなかったことになった。  やり直せる幸福と塗り潰すことになった今までの十年。  さみしさと不安を覚えなかったと言えば嘘になる。  戻ってすぐに陛下とお会いできたことは、とても大きい。   「君のおかげで俺も父も母も元気で、幸せに暮らしている」 「でも、おにいさまは、戻っていらして」 「そう……俺は戻ってきた。君の涙を止めるために」    幼い妹の不安を俺は理解しきれていなかった。  中身が自分より年上だという前提に甘えてしまったのかもしれない。  ユーティは未来を知っているのだから、うまくやるだろうと放っておいてしまった。  妹が何歳であろうとも、ユーティが妹であることは変わりがない。   「兄として、君が幸せになれるように最善を尽くしたいと思っている。もちろん、俺自身も幸せになる。約束しよう」    張り詰めた糸が切れるようにユーティの赤褐色の瞳から涙がこぼれる。  三歳の少女の顔ではない。  疲れ切って、弱り切って、今にも事切れる前の老婆のようだ。  ユーティが時を何年戻したのか以前は聞くことができなかった。  興味がなかったわけではない。  ユーティが最初に味わった世界の記憶はユーティにとって忌むべきものだった。  俺が誘拐されなかったことで世界は別物になったので、以前の世界のことなど必要ないと記憶を封じ込めていた。捨て去っていなければ、まともに暮らせないほどの記憶だったのだろう。  俺はユーティから、以前の世界の話を聞き出そうとはしなかった。  ユーティが知っている世界から、大きく変わってしまった未来にいる自分を実感していたので無意味な知識だと思った。自分の能力を過信していたのだ。    自分の知恵と勇気で何でもできると思っていた。  未来は俺が作り出すのだから、ユーティを情緒不安定にするまでもない。  そう思った先にあるのが、フォルクとの婚約解消なのだから情けない。

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