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011 人間は矛盾するものだ1-2
「どうせ許可が出るのだから、報告は後で構わないと自分に言われていたのだろう、と」
「侯爵家の人間というだけでは、口出しをする権限がありません」
「それで、戻る以前に陛下が自分の名前を出して事を推し進めるようにとおっしゃっていたか。……だがな、それは以前の話だ」
「陛下のお人柄はお変わりない様子」
「こんな対応をしてくださるのは陛下だけだ。ほかの人間とは信頼関係がゼロになってしまったのだと心得よ」
父としての言葉なのか、きびしい言い方だ。
甘やかされることを期待していないが、ショックを受ける。
「お父様も……俺のことを信頼できないと感じているのですか?」
「そんなことあるわけないだろう。どんな成長をしたとしてもお前が私の息子であることには変わりない」
父の悲壮な表情に俺の肩は下がる。
宝物庫から髪飾りと鞭を拝借したことが、父には許しがたい大罪に思えたのかもしれない。
たしかに普通なら陛下の名を騙ることは大罪だ。許しがたい罪だ。
陛下が許したとしても相手を責めて、次はないと釘を刺す。
父は何も間違ってはいない。
それでも、と、俺の心は思ってしまう。
何も、手続きを踏むことを厭ったわけではない。
陛下を軽く見たわけでもない。
戻ってきた経験のある父なら分かってくれると勝手に思い込んでいた。
「お前と陛下の信頼関係に私ごときが口を挟めるはずもない。問題があるのなら、陛下からお言葉があるはずだ」
父から渡された手紙を見るといくつかの押し花のしおりが入っていた。
これは一見すると簡素な贈り物だが事実は違う。
恋人たちが逢引の場所を伝えるための隠し言葉だ。
読み解くのは野暮だとされるので、わざと諜報員も同じやり方をする。
本というのは情報の塊だ。本に挟むしおりというのは、情報をやりとりする影の人間だという暗喩になる。
父もこのしおりの意味が分かっているからこそ疲れた表情を隠していない。
「たしかに陛下と俺に積み上げた時間はありませんね。念押しと地図をくださった」
庭園での会話で日時と場所をお互いに把握したと思っていた。
陛下からすると伝わりきっているのか分からなかったのかもしれない。
ほぼ初対面だと陛下自身がおっしゃっていた。
それを軽く見たわけでもない。
ただ、こうしてしおりが届いたということは、俺の理解力を陛下は疑っていたということだ。
自然な会話をしすぎたということかもしれない。
当時の七歳の俺は多少不自然だったが、それが逆に陛下の信頼を勝ち得たり、陛下からの庇護を得たのかもしれない。
陛下が誘導してくださって今の俺がある。
そのことを現在の陛下が知ることではない。
陛下の想像力や柔軟な発想に頼りすぎるのは臣下として問題だと父は言っているのだろう。その通りだ。
「説明や説得力を持たない言動を人は信用できないものだ。陛下に配慮を願うなど下の下。子供だからと許されるものではない」
「お父様の言う通りです。俺の考えが浅かった」
「そうか……それで、クロト……」
父が言いにくそうに床を見つめる。
正確には床ではなく、俺の足元だ。
「お前はどうして、使用人を全裸にして踏みつけているのだ? 私の知っている七歳の息子はそんなことを絶対にするような子ではなかった。十年間でお前にいったい何があったというのだ」
宝物庫から宝を拝借することに加えて、帰宅した父を玄関で出迎えることもなく部屋に引きこもっていた俺が使用人を踏んづけていた。そのことで、父は俺がわからなくなったのかもしれない。よく考えれば七歳児との格差が激しい。人格の同一性を疑ってしまうのかもしれない。
父の顔には息子が知らない人間になってしまったと書いてある。
先程の「どんな成長をしたとしてもお前が私の息子であることには変わりない」という言葉とは矛盾しているが、人間は矛盾するものだ。
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