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018 ごっこ遊びのようなもの1-1

 庭にばら撒かれた魔石の総額を無意識に思い浮かべてしまったのか、アロイスは口元を押さえている。  金額に酔うというのは馬車の改造や雑事を頼んだときにゾフィアもなっていた。  商人たちは大きなお金が動くと体に影響が出るらしい。    ユーティはいまいち分かっていないが、それでいい。  良いものを知っているのも、大切だが、鑑定士になる必要はない。  目の前にある贅沢を無邪気に楽しむことが出来るのも必要なことだ。   「ミーデルガム家は、金メッキのギラギラなおうちだと思っていました」 「ユスおじさまが養子に迎え入れたヴィータ嬢は金が好きだったね。金髪ではないコンプレックスというやつかな」 「こんぷれっくす、ですか?」 「ミーデルガムの血は流れていても王家の血は薄いと突き付けられてしまうからね」  日常的にボリスに指示を出すからか、ユーティの滑舌は数日で見違えるようによくなった。  言葉を発することに自信がなかったのかもしれない。  ルトガーをユーティに近づける気がない。  代わりに立ち振る舞いなどの講義をゾフィアに依頼する気だったが必要なくなった。  ユーティは作法を知らないわけじゃない。  どういった振る舞いをしていいのか、自信がなく自身を持てなかっただけだ。  以前、ルトガーはそこに付け入っていたが、今回はユーティのとなりにボリスがいる。  ボリスは長年プロセチア家に仕えている庭師の息子なので、自分の立場もユーティの立場も分かっている。  ユーティを侯爵令嬢として尊重して、自分を自然と下に置いている。    時間を戻す前のユーティが過ごしていた世界だとそんな風に接する使用人はいなかったのだ。  舐められ、侮られ、搾取されていたのだろう。ゆるしがたいことだ。状況に甘んじていたユーティではなく、その場にいない自分がゆるせない。   「金髪ではないと、ダメなのですか?」 「どんな髪の色でもいいと思うけどね。ヴィータ嬢は金髪だったとしたら、顔に肌色のクリームを塗りたくったかもしれない」 「次の不満に目が移るということですか」 「人の欲望に限りはないものだからね」    ユーティが俺の意見に感心するようにうなずいた。  手をにぎにぎしているのがかわいかったので指を入れると照れられた。  言いたいことがある仕草なのだろう。  ユーティは、俺の指を握ったままアロイスの頭を見る。 「お兄さま、アロイスは木材のような薄茶で、ボリスは木の幹のような焦げ茶色ですけれど――」 「時期によって茶色の色合いが濃くなったり、薄くなったりするかもしれないけれど、そこまで変化もないありふれた色だ。茶系は色の変化がゆるやかで、色が変化してもあまり印象が変わらない。でも茶系だと赤か黄色の系統への急な変化も多いね。アロイスも旅行したら面白い変化があるかもしれない」 「そうなのですかぁ」    常識的すぎて色の変化について、ユーティに教えたことがなかったかもしれない。  一度そこそこ侯爵令嬢として生きているなら、二度目の授業は退屈だろうと勝手に省いてしまったのはよくなかった。  人との接触を怖がるユーティに家庭教師をつけずに俺がいろいろと教えていたが、知識を偏らせてしまったかもしれない。今度はそういったことのないよう、ユーティに基礎知識を教えるための人間を雇う必要があるだろう。  ユーティが過ごした世界は、ユーティに何の知識も与えていなかった。   「あの、瞳の……いろも、変わりますか?」 「そうだね……アロイス」 「お、私は、元々は青い色でしたが、今は赤茶色です」 「パンを焼いているからだろうね。火に近い場所にいると寒色系ではなくなると聞いたことがあるよ」    急に話を振ってもちゃんとついてくるアロイスは優秀だ。  ユーティが俺の指をにぎにぎする速度があがる。   「おにいさまも?」 「俺やユーティは貴族だからね。アロイスと違って髪も瞳も変化はないよ」 「え」 「相当なことがないと貴族の色は変わらない。だからヴィータ嬢は金をまとって金髪ではないことを誤魔化すようになるんだろうね」    何やら考えるように「そうとうな、こと」とユーティが口の中で繰り返す。  自分が過ごした世界で得た情報と何かを照らし合わせているのだろうか。  以前のユーティにはそんなことをするだけの心の余裕はなかったが、今回はどうだろう。  

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