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最終話
「ところでさ、例の事件はどうなったの? クライブは無罪放免になったの?」
レイはそう言いつつ自然な動きでリチャードから身を離すと、コーヒーを飲みながら尋ねる。
この変わり身の早さに、いつもリチャードは翻弄されてしまうのだ。
「ハワードにあの後すぐ連絡して、電話会社の技師を捕まえて貰った。署に引っ張ってきて聴取したらすぐに吐いたよ。その前にバックグラウンドチェックしてたんだけど、奴はディーキンの元義理の弟だったんだ。ディーキンは2年前に自分の浮気が原因で離婚している。そのせいで妻には弱みを握られてたらしい。元妻は毎月の慰謝料だけで足りなくなると、ちょくちょく元義理の弟が姉の代わりに金の無心に訪れていたそうだ。今回はたまたま仕事であの場所に行った時に、ふと思い付いて自分の為に金を都合して貰えないか尋ねに店に入ったところ、ディーキンにすげなく断られて思わず殴ってしまった。丁度その直前に警察官が口論してるのを見かけたところだったから、彼のせいにして自分は罪を逃れようと考えたらしい」
「まあ、多分そんなところだろうな、とは思ってたよ。強突く張りのじじいの周りには、結局そういう人間しか集まってこないってことだよね。類は友を呼ぶってやつ?」
レイはさらっと言ってのける。そして意地悪な目付きでリチャードを見ると、更に言葉を続けた。
「本当、警察ってさ善意の第三者に甘いよね。もうちょっとしっかりした方がいいんじゃないの?」
「それに関しては本当に面目ないよ」
「まあ、これはリチャードの事件じゃないからね。気にする必要はないよ」
「ああ、そうだ。クライブが礼を言っておいてくれって」
「……リチャード、僕の事言ったの?」
「当然だろう? レイがこの事件を解決したんだから」
リチャードは、何故レイの表情が突然曇ったのかが理解出来ずに不安になる。レイは落ち着かない様子で、コーヒーカップを手の中で弄ぶ。
照れているのか? とリチャードはふと思い当たる。だがそれを直接言ったならば、絶対にレイは強く否定するし、最悪また機嫌を損ねてしまう。リチャードはしばらく考えてから、一番彼が安心して受け入れられる賞賛の言葉を口にした。
「レイは俺にとって最高のPartner in Crime(共犯者)だよ」
「Partners in Crime(おしどり探偵)じゃないんだ?」
にやり、とレイが口の端に笑みを浮かべる。リチャードの選択した言葉は正解だったらしい。
「クリスティは嫌いじゃないけどね。どっちかっていうと、俺にはワトソン役が似合ってると思わないか?」
「リチャードはリチャードだよ」
そう言ってレイは立ち上がる。
「映画、始まるよ。もう行かないと」
「ああ、そうだな」
同じく立ち上がったリチャードに、ふと思い付いたようにレイが体を向け、耳元に顔を寄せる。
「ねえ、明日の夜フレンチ食べに行った後、リチャードのフラット行ってもいい?」
「……」
「何、固まってんのさ。僕たち恋人同士だろ? もう付き合って1ヶ月半なんだから、そろそろいいんじゃないの? キスとハグだけなんてティーンエイジャーじゃあるまいし」
「……レイ?」
リチャードの顔から血の気が引く。今日は暑くなったり寒くなったり忙しい一日だ、と内心へとへとになっていた。
「心の準備がまだです。もう少し時間を下さい、って顔だね」
「あの、その……」
「いつまで待たせるつもり? リチャード忘れた? 僕、もう5年も待ったんだよ」
そう言ったレイの顔は少し悲しげだった。
そうだった、とリチャードは彼の顔を見て改めて思い出す。自分がレイの存在に気付くよりも遙か以前に、彼はすでに自分を見初めてずっと想い続けていたのだ。5年もの長い間。
自分はレイと付き合うと決めた時に、覚悟したんじゃなかったのか? とリチャードは彼の寂しげな表情を見て気持ちを固めた……つもりだった。
「……ねえリチャード。僕さ、映画俳優になれると思わない?」
「は?」
「ほら、リチャード早く早く、映画始まっちゃうってば」
そう言うとレイはリチャードの手を引いて、映画館がある1F(First Floor/ファーストフロア・日本式の2F)への階段を上って行く。
――え? 今のは何だったんだよ?
またもや振り回されっぱなしのリチャードは、レイの言葉の真意が全く掴めずに混乱していた。
――俺はこれから先、一体全体どうなってしまうんだ……?
リチャードは、自分の目の前を行く愛らしい天使のような小悪魔に翻弄され続ける人生を想像して、今までに感じた事のない不安感に襲われていた。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、レイは一番上まで階段を上りきると、くるりと振り返って、声には出さずに口の動きだけで「リチャード、好きだよ」と笑顔で言った。
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