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番外.大蛇のたそがれ
ついに、この日が来てしまった。
『ラグナロク』
神々の終焉、もしくは『神々のたそがれ』と呼ばれる大戦だ。
戒めを解かれたロキの率いる巨人族が、アースガルドに全面戦争を仕掛けた。
当然、父親であるロキの下に、ヨルムンガルドも参戦する。
そして、オーディンと共に迎え打つアース神族の中には、雷神トールがいた。
何度も勝負をしてきた好敵手との決着が、ついにこの戦争で付く。
そして、開戦と共に大蛇は雄叫びを上げた。
至る所で巨人族とアース神族が武器を交え、敵も味方も、数多く死んでいく。
ヨルムンガルドとトール神も、死力を尽くして戦いあった。
……不謹慎だが、ヨルムンガルドは楽しかった。
トール神との戦いは、いつも心躍ったが、全力を尽くすこの戦いは格別だ。
トール神は卑怯な事をしない。
魔物であるヨルムンガルドとも、いつも対等に戦ってくれた。
まぁ、時には蛇と人の違いに、イタズラを仕掛けられた事もあったが……
いつも全力で臨むトール神の姿は、とても好ましかった。
……愛しいと、思ってしまうほどに。
時々ヨルムンガルドは、己が同じ人であったなら、と思う事がある。
人であったなら、トール神とどのような関係を結べただろう、と……。
らちも無い。
所詮は魔物の身であるヨルムンガルドが、どれほどトール神を思おうと、それが叶う事は無いのだ。
最高の好敵手――それで充分だろう。
「ヨルムンガルド……何を笑っているんだ?」
トール神が、怪訝な顔をする。
完全に無意識だったが、どうやらヨルムンガルドは、笑っていたらしい。
蛇の顔を読み取れるのも、長い付き合いなればこそだろうか。
そう思うと、余計にヨルムンガルドは嬉しかった。
「戦いの最中だぞ、ヨルムンガルド!」
『すまない。ただの思い出し笑いだ、気にするな』
「余裕だな……?」
斜に構えたトール神が、ニヤリと笑う。
その顔がまた、ヨルムンガルドを高揚させる。
この戦いが、永遠に終わらなければ良いのに――。
しかし、どんな物事にも、必ず終わりはくる物だ。
ほんの一瞬の隙を突き、トール神のハンマーが、ヨルムンガルドの胴体に命中した。
巨体がよろけた所に、剣に持ち変えたトール神の一撃がくる。
絶叫を上げたヨルムンガルドは、喉元に競り上がってくる吐き気に、牙を噛み締めた。
ヨルムンガルドの血は、猛毒だ。
少しでも触れれば、ただでは済まない。
『クゥッ……避けろ、トール……!』
よろよろと後退るヨルムンガルドに、しかしトール神は、真っ向から突っ込んで来た。
そしてトール神の剣が胴体に突き刺さり、ヨルムンガルドは堪らず血を吐いてしまった。
おびただしい量の血が、トール神の上に降り注ぐ。
『お……愚かな……。だから、避けろと……言ったのに』
猛毒の血を浴びたトール神は、もう立っている事すら苦しいだろう。
それなのに、顔を上げたトール神は、ニヤリと笑って言った。
「こうでもしないと、お前の道連れになってやれないだろ?」
『ナ……』
言葉を失うヨルムンガルドに、トール神がクックックッと笑う。
「お前が死ぬ時は……俺を道連れにすると、そう約束しただろう?」
なんと愚かな……
あんな冗談を真に受けて、しかも、トールは拒否していたくせに――。
「……来世で、また会おうな」
『愚か者……』
ほんの一瞬だけ、人の姿に変身したヨルムンガルドは、トンと軽くトール神を突飛ばした。
「ヨル……ム………?」
訳が分からないと言う顔をしたトール神が、ヨルムンガルドの名を呼びかけて、途中で倒れる。
ヨルムンガルドの体も、すぐ大蛇の姿に戻って、巨体を地に伏した。
薄れいく意識の中、ヨルムンガルドはぼんやりと、トール神を見詰める。
本当に……真っ直ぐで愚かな男だった。
魔物であるヨルムンガルドが、トール神と同じ場所になど、行けるはずがないのに――。
〈……来世で、また会おうな〉
最期のその言葉が、ヨルムンガルドは本当に嬉しかった。
叶うならば、トールと同じ来世に行きたい。
そしてその時は、この胸の内に秘めた思いを、遂げる事ができるだろうか?
(……ずっと、お前を愛していたよ……トール)
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