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第4話
パチパチ瞬きを繰り返すシンジの睫毛の影が頬に落ちる。
「試すって?」
「自分でも何やってるんだろうって思うよ」
上目遣いにこちらを見る彼は、まだ色濃く情事の跡を残した表情でほんのり甘くて優しい香りが残っていた。
「ケイタはさ、僕が巣作りしてないって思ってるよね?」
「は?してないだろ?」
いつも何か握り締めていることはあってもそれ以上のことは見たことがないし、言われたこともないし、そもそも薬で抑えているのだから、と思っていたのだけど……まさか。
「してんの?」
「してるよ、当たり前じゃん」
「……見たことないよ」
「見せないようにしてるからね」
「なんで?」
思わずぎゅ、と拳を握る。同じ家で暮らして、同じ職場にいて、シンジのことで知らないことは何もないのだと思っていた。
「嫌だからだよ」
「……嫌なの」
俺は彼からゆっくり視線を外した。小さな窓から見えるビルの外は眩しくて明るい。
「子ども、要らないって言っておきながら子どもを作る準備をしているなんて、その、なんていうか」
右腕を掴まれた感触がして視線を元に戻す。
「情けないっていうか……寂しい、のかな、ちょっと自分でもよく分からないんだ。ケイタは優しいから僕の意見を飲んでくれているけれど、本当は違うんじゃ、ないかな……とか、思って」
震える声に、シンジが泣くんじゃないかと。
腕を彼に回してきつく抱き締めた。
「薬、飲まなかったら。ケイタは僕のことどんな風に求めて、どんな風に抱くのか、それで子どもが出来たらどう思うんだろうとか……ごめん、言ってる意味がわかんないね」
俺の肩に顎を乗せて俺の体に腕を絡めながら、耳元でふふ、と笑うシンジがどんな顔をしているのか見えない。
理解しているつもり、だったのに。俺はなんにも彼のことを分かっていなかった。
「で?どうだった?」
「え?」
「薬なしの発情期、どう?」
シンジの項に唇を当てる。少しだけ、また俺を誘う香りが強くなった気がした。
(あ、そういえば。ここ、休憩室だった)
誰か来るかもしれない。
そろそろ戻らないと怪しまれるかもしれない。
それなのに、どうしても離れ難い。
「家に帰ったら、めいいっぱいケイタとケイタの物で埋もれたい気分」
腕が緩み鼻先がくっつきそうになるほど近くでにこりと笑う彼が愛おしい。
「あのさ、シンジ」
俺はきっと、仕事もこの生活も彼に頼り過ぎていたんだ。
「なに?」
「俺、頼りないかもしれないけどさ。」
「そんなことないよ」
「そんなことあるだろ」
「ふふ」
笑うシンジの頬を両手で包む。
「子ども、別に作らなくてもいいっていうのは本音。でも、欲しいっていう気持ちも本当」
「……そう」
「でも、俺は今のお前が一番だから」
お互い目を閉じずに軽く唇を合わせる。
「我慢はすんなよ」
俺と彼が過ごした日々は、人生においてまだほんの少し。胸に広がるぽかぽかとした温かい気持ちが心地よい。
「好きだよ、ケイタ」
そう小さく呟いたシンジに、俺はこの先何度も恋に落ちるのだろう。
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