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第9案:後編(井合視点)

 クソ童貞が会議に出席するかという議題に対して、俺様は確たる証拠に基づいた意見を、提唱できそうにない。  理由は分からないが、昨晩。……アイツは今回の会議に対し、目に見えて戦意を消失させていた。  ──そして、そうさせたのは……俺様、なのだろう。  今回の審議会は、俺様にとって最重要案件だった。必ず提携させなくてはいけない理由が、そこにはあるからだ。  アイツは、そんな俺様の我儘に付き合わされただけ。元より、アイツが付き合う義理も理由も道理も、なにも無い。  そうは分かっていながら、俺様はアイツを引き合いに出した。理由として、提携の締結確率を上げるためなのは、勿論だ。  ──だが、それだけじゃない。  俺様にはもうひとつ、アイツを選んだ理由があった。その理由をアイツに明かすためには、アイツが会議に出席しなくてはいけないのだが……。『先に言うべきだったか』と、今さらながらに、らしくもない後悔をしている。  会議が始まる、一分前。アイツ以外は揃っている会議室で、一人の課長が語気を弾ませながら、呟いた。 「君の用意した【秘密兵器】は、なかなか姿を現さんなぁ?」  そう呟いているのは、アイツの元上司だ。  俺様はクソ課長を睨まないよう、なんとか平静さを装う。 「ヒーローは遅れて登場する。……ベタだが、俺様はそういう展開が嫌いじゃあないな」 「『ヒーロー』? ハハハッ! あの役立たずがかいっ?」  上司の風上にも置けない奴だ。思わず、眉間に皺を寄せるところだった。  クソ課長の隣に座っている、別の課長も笑っている。確か、営業課の元係長、現課長だ。あのクソ課長も、アイツのことを低く評価していたのだろう。  会議が始まる時間は、疾うに過ぎている。クソ童貞はまだ、姿を現していない。  俺様の隣に座る増江さえも、普段以上に神妙な面持ちだ。 「井合、一言だけ言うぞ。……私は今、どうやってお前をフォローすべきか考えているところだ」 「そんなことを考える暇があるなら、今晩のオカズでも考えていろ」  その時だった。  俺様の耳に、音が響いたのは。  思わず俺様は、口角を上げてしまう。  突然笑みを浮かべた俺様を見て、クソ課長共が怪訝そうな表情を浮かべる。 「どうかされたかな?」 「ん? あぁ、悪いな。……楽しみでな、つい」 「『楽しみ』? いったい、なにがだい?」  俺様は腕を組み、アイツを左遷したクソ課長を真っ直ぐに見据えた。 「──可愛い羊が、恐ろしい狼になる瞬間さ」  俺様が答えた、その瞬間。 「──遅れてしまい、申し訳ありませんでした!」  ──慌ただしい足音と共に、アイツは姿を現したのだ。 第9案【駆け抜けてみせましょう】 了

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