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回想2

「帰ってきたね」 玄関の鍵が開けられる音に、悠さんが席を立つ。 「かえりました」 「おかえり。買い物ありがとうな。」 「はい。」 廊下から聞こえるガサガサという買い物袋の音と、嬉しそうな蒼牙の声。 聞いちゃ悪いかな…と思いつつ、つい耳を傾けてしまう。 「気の所為じゃなければ重いものメインでした。」 「気の所為だろ?」 「牛乳と油、味噌、砂糖と卵が?」 「あ、ナオちゃん来てるぞ。」 「逃げましたね?」 二人の楽しそうな様子に、こちらまでつい笑ってしまう。 「いらっしゃい、ナオ」 「お邪魔してます。」 荷物を受け取ったらしく悠さんはキッチンへ、代わりに蒼牙がリビングへと入ってくる。 兄とはいえ一応は家主に丁寧に頭を下げ、その姿をまじまじと見た。 Tシャツにジーンズ、パーカー。 一度短くなった髪は少し伸び、前髪が邪魔なのかピンで留めている。 ラフな格好なのにモデルのような佇まいは、妹の目から見てもカッコいいと認めざるを得ない。 「待たせてごめんな…って、」 「…どうしたの?」 脱いだパーカーをハンガーに掛けながら、蒼牙が固まる。 その視線はテーブルに置いてある空になったお皿で止まっていて、どうしたのだろうかと首を傾げた。 「…ナオ、もしかしてアップルパイ食べた?」 「え?うん。すごく美味しかったよ…って、え?なに!?」 さすが悠さんだね…と続けようとしたら、蒼牙がその場に崩れ落ちた。 急なことに思わず立ち上がってしまう。 「蒼牙?どうしたの?」 「…悠さんのアップルパイ…俺が一番に食べたかったのに…」 「はい?」 側に近寄ろうとして、その足が止まった。 えーっと…蒼牙何言ってるの? 「久しぶりにアップルパイ焼いてくれたから、一番に食べて『美味しいです』って伝えたかった…」 「あの…ご、ごめんね?」 初めて見る蒼牙の落ち込みよう。 そういえば…前におでんを食べさせてもらったときにも、こんなふうにブツブツ言ってたっけ。 床に手をついたまま項垂れる姿に戸惑っていれば、キッチンから悠さんが戻ってくる。 「あ…やっぱり。ごめんね、ナオちゃん。ちょっと待って。」 テーブルにアップルパイを置き、蒼牙の側にしゃがみ込むと悠さんは笑いを含んだ声で口を開いた。 「何落ち込んでんだよ、アップルパイぐらいで。」 「『ぐらい』なんかじゃありません…悠さんの手作りなのに。」 「そうだな。せっかくお前のために焼いたのに、こんなところで凹んで…」 「…………」 クスクスと笑いながら蒼牙の頭をクシャッと撫でる。 可笑しそうな表情なのに、蒼牙を見る瞳は愛おしそうで。 「食べてくれないのか?」 「食べます!!」 ガバッと顔を上げる蒼牙と、満足そうに頷く悠さん。 クルクルと表情の変わる兄のその様子に、目を疑った。 嘘みたい。 だって、あの蒼牙だよ? 悠さんの作ったアップルパイを一番に食べられなかっただけで、こんな子供みたいなワガママを言ってるの? 『じゃあ…ナオにあげる。』 綺麗にラッピングされた手作りクッキー。 悪気もなくそう言って渡してきたあの日の蒼牙を、私はよく覚えている。

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