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第1話

『離して!』  悲痛な声を響かせながら、女性が男の手を振り払う。拒絶された男は、諦めきれないとでもいうように必死な声を出した。 『どうしてなんだ。俺たちは運命のつがいなのに』 『そんなの関係ない。私はもう、ソウタさんのものなの!』  決然と言い放つものの、女性はつらそうに震え、涙をにじませる。男はその涙を見るなり強引に女性を腕の中にかき抱き、その唇を奪った。  そんなシーンを大きな画面いっぱいに映す家電量販店のテレビの前で、白藤(しらふじ)綾斗(あやと)はさっきから足を止めていた。  録画してあるので、今こんなところで途中から見る必要はないのだが、あまりにいい場面で、つい見入ってしまっていた。  主人公の女性はオメガで、男はアルファ。  ベータの夫がある身なのに、運命のつがいである男に出会ってしまい、優しいベータと情熱的なアルファの間で主人公が揺れ動くメロドラマだ。  内容はベタだが、綾斗はこういう恋愛ドラマが大好きで、いつも主人公にどっぷり感情移入して見ていた。  人類には、他の動物とは違い、男女の性別の他に、バース性という第二の性別がある。  アルファ、ベータ、オメガ。この三種類だ。  アルファは人口の一割程度で、能力に優れた者が多く、政治や経済界など、あらゆる分野の上層部を占めている。  ベータは人口の八割を超える、いわば人類のスタンダードだ。  そしてオメガは人口の一割以下で、女だけでなく男も妊娠できる。オメガには発情期があり、その期間はアルファとベータの一部をフェロモンで強く誘惑してしまう。この厄介な体質のため、歴史的に差別を受け続けているが、偏見は時代とともに徐々に緩和してきており、特にオメガ女性の社会的地位の向上は顕著だ。  だからこそ、オメガ女性が主人公になって素敵な男性に愛される物語がドラマになるわけだ。  アルファ役の男優は実際にアルファで、ため息がもれそうなほどかっこいい。綾斗は男だがオメガなので、女性より男性の方が恋愛対象になる。だから、主人公の女性と一緒になって、恋のお相手に一喜一憂できた。 「綾斗は好きだねー、こういうの」  一緒に店に来ていた友人の加宮(かみや)が、あきれたように言いながら隣に来る。加宮とは高校からの腐れ縁だ。綾斗も加宮も男オメガということで仲間意識があり、二十一歳になった今も、こうして一緒に遊ぶ仲だ。 「サエズミリョウが好みなんだ?」 「好みっていうか……まあ、かっこいいよね、文句なく」  少々名残惜しいが、大画面のテレビから離れ、加宮と歩き始める。続きは家でゆっくり見ることにしよう。  家電量販店を出ると、夜の冬空は寒く、吐く息が白く曇る。今は一月の中旬だ。 「ちょっとサエズミ似のアルファの人、知り合いにいるよ? 今度会ってみない?」 「え、会わない」  綾斗が当たり前のように即答すると、加宮は不服そうに口をとがらせた。 「なんでだよ」 「そんな人が、僕を気に入るわけないから」 「その人、男オメガOKな人なんだって」 「いい」  きっぱり断ると、加宮はじとりとこちらを見た。 「綾斗、今から諦めるのは人生捨てすぎだって。綾斗は綺麗なんだからさぁ」  それは関係ないな、と思う。  ショーウィンドウに映った自分の姿を見るともなしに見る。  大きな目に、長い睫毛。どちらも黒ではなく、髪も含めて茶色がかかっていることで、軽やかな印象を与える。細工をしているわけではなく、色素が薄いのは生まれつきだ。小柄で華奢で可憐……という、男オメガとして理想的な外見のため、羨ましがられることはあるが、それは男オメガの仲間内だけの話だ。  綾斗は過去に一年ほど婚活に励んだ時期があったが、その結果は惨憺たるものだった。外見がどうあれ、綾斗はモテない欠陥品(ハズレ)のオメガなのだ。 「じゃあさ、綾斗はどんな人ならやる気出るわけ?」 「運命のつがい」  迷わずそう答えると、加宮は、はぁ、とため息をついた。この手の会話はもう何度も加宮としていた。  運命のつがいとは、出会った瞬間に互いに惹かれ合うアルファとオメガのことだ。 遺伝子的な相性が最高になる相手と言われており、この二人がつがいになると、強固な絆で結ばれ、オメガは通常のつがいより大きな力をアルファに与え、アルファは脇目も振らずに生涯そのオメガだけを愛するという。要するに、絶対に幸せになれる相手、というわけだ。 「そんなの、出会えるわけないじゃん」  加宮の言葉に、まあね、と小声で返す。  運命のつがいに出会える人は、ほんの一握りしかいない。わかってはいるけど、ハズレオメガの自分としては、もう運命のつがいに出会うぐらいしか、誰かと一緒になれる気がしないのだ。

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