2 / 10

第2話

「一生一人でもいいってわけ? 一人でこれからどうするの?」 「プログラムやる」  何も考えずに、その言葉が出てくる。今の自分の仕事だ。  高校を卒業してから今まで三年、派遣でプログラマーをやっている。 「一生仕事するってこと? オメガが働いても、給料上がんないよ?」 「別に、今のままでも食べていけるし」 「ぎりぎりで、でしょ」  その通りだった。給料はそれなりだと思うが、一人暮らしだとやはりきつい。現状、ほとんど貯金はできていなかった。 「そんな生活続けても先がないよ。アルファかベータと結婚して、子供産む方がよっぽど現実的」  それもその通りだった。  加宮は現在、大学生だ。大学まで行かせてもらえる男オメガは少ない中、四年制大学に行けているのは、加宮の親に理解があり、経済的余裕があるおかげだ。そんな加宮でも、卒業するまでには相手を見つけて、結婚するつもりでいる。  若いうちに子供を産んで、子育てを通じて社会の一員となる。それを否定する気はない。むしろオメガとして立派であり、周囲に望まれる生き方だと思う。  ただ、その選択肢しかないと息苦しい、というだけのことだ。無理なく結婚、子育ての道を進めるなら、それに越したことはない。  自分は無理だろうけど。 「でも……ちょっと羨ましいかも」  ぽつりとそんなことを言われ、綾斗は軽く目を瞠った。 「そこまで言える仕事に就いてるんだよね、綾斗は」  そう。  そうだ。  改めて思うと、自分でも驚く。一生続けたいと思う仕事を、今、自分はできているのだ。  以前からそうだったわけではない。  三年前、このIT業界に入ったのは、プログラムをしたかったからではなく、それしか選択肢がなかったからだ。  オメガはまともな仕事に就くことができない。オメガの仕事といえば、風俗しかなかったぐらいだ。  そんな状況に変化が見え始めたのは数年前、画期的な抑制剤が世に出てからだ。  その抑制剤を飲めば、発情期の発情を抑え込め、周囲にフェロモンをまき散らすこともない。この薬が効くオメガなら、発情期中も普通に仕事ができる。綾斗も、その薬の恩恵にあずかれた一人だ。  しかし、画期的な薬が出ても、世間の認識は急には変わらない。オメガは採用お断り、という業種の方がまだまだ多い。  そんな中、抑制剤の効くオメガを真っ先に受け入れたのが、人手不足のIT業界だった。人手不足の業界は他にもあるが、その中でもIT業界は接客業でなく、力仕事でもないことから、オメガを受け入れやすかったのだ。だから綾斗もこの業界に入った。  最初は離職率の高い、環境の悪い会社にばかり派遣された。しかもオメガということで職場の人から仲間外れにされ、ろくに教育もしてもらえなかった。取引先の二次請けから丸投げされた仕事をひたすら見よう見真似でコーディングするだけで、やりがいも見いだせず、生活のために消耗する日々が二年続いた。  それが変わったのが、現在派遣されている会社であるラボシステムで、そのソースコードを見た時だ。  そのプログラムは、美しかった。  明快で、無駄がない。  流れるように書かれたコード。  そして説明コメントが実に的確だった。他人が書いたプログラムなんて、理解に四苦八苦するものなのに、初見ですらすらと処理が頭に入ってくる。  コーディングはただ早ければいい、とりあえず動けばいい。そんなプログラムしか見てこなかった綾斗には衝撃だった。  このプログラムは、後に引き継ぐ人のために書かれている。  そう気づいた時、目の前に積まれる仕事をただ闇雲にこなすだけだった日々に、一筋の光が差し込んだように感じた。  自分も、こんなふうに書きたい。こんなふうに書けるプログラマーになりたい。  自分に必要だったのは、自分の先を行く、手本となる人だったのだと、その存在を得て初めて気づいた。  それからは、その人のプログラムを真似るようになった。その人が手がけたプログラムを貪るように読み、新たな書き方、新たなテクニックを吸収していった。 「実はさ、四月から正社員になれるかもしれないんだ」 「嘘、すごいじゃん!」  加宮の素直な感嘆の声に、綾斗は照れた。  派遣先での働きが評価され、このまま何事もなければ、四月からは派遣先で正社員として働けることになったのだ。  すごく嬉しかった。  ラボシステムでは、オメガだからといって冷遇を受けたことがない。こんな職場でずっと仕事ができたらいいのにと思っていた。

ともだちにシェアしよう!