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完結
カスティエルは作業を中断したく無かったが、ガンガンというノックというより扉を殴ってる音と、「キャス!開けろ!重要なことなんだ!」という怒鳴り声を止めたくて、パソコンの前を離れ、扉を開けた。
そこには顔を紅潮させ焦っているサムがいた。
「サム、どうし…」
「ロウィーナとクラウリーの願い事は報告書なんだろ!?
ディーンに聞いた。
内容は何だ!?」
「ああ、それか」
カスティエルが通常通り淡々と話し出す。
「私とディーンは日本旅行で三日三晩セックスしただろう?
それでディーンには内緒で、ディーンの身体の『ツボ』を教えて欲しいと頼まれたんだ」
「ディーンの身体のツボ…?」
「そうだ。
何でもディーンが疲れた時、指圧という治療法で癒してやりたいから、ディーンが身体を触られて反応を見せる場所を全部教えて欲しいと言われた。
そこが『ツボ』らしい。
だが、教えたく無い気持ちが強くて困っている」
サムがガバッとカスティエルに抱きつく。
「教えなくて正解だよ、キャス!
ドスケベはどっちだ!
あのドスケベ親子が!
キャス、パソコンを見せてくれ!」
「ああ、いいよ」
カスティエルが返事をした途端、サムがカスティエルから離れ、パソコンの開かれているデスクに向かう。
カスティエルの原稿はまだ表紙と項目だけだ。
「よし!」
サムが目にも止まらぬ速さでタイピングし、クラウリーとロウィーナにメールを送信する。
そしてカスティエルに向かう。
「キャス。もうクラウリーとロウィーナの頼み事は忘れていいよ。
僕が代わりに報告書を作成してメールしておいたから。
それにディーンのツボも教えていないから安心して」
カスティエルがあからさまにホッとした顔になる。
「ありがとう、サム。
お礼をしたいが何がいい?」
サムが笑顔で答える。
「何もいらないよ。
ただディーンとクラウリー…もしかしたらロウィーナもだけど、僕の二度目の日本旅行の一人旅の話を始めたら、聞かないでくれ。
いやどんな手を使ってもいいから、黙らせてくれ。
それともしかしたらクラウリーやロウィーナからメールが来るかも知れないが、メールを開かず削除すること。
いい?」
「ああ、分かったよサム」
そして二人はがっちりと握手を交わした。
ギリシャのアドリア海を臨む豪華な別荘に悲鳴が響き渡る。
「ぎゃー!!
何だこのキャスからのメールは!
ディーンのフォルダが全部消えていく!」
「私もよ!
キャスからのメールを開いたら、『キャス&ウィンチェスター兄弟』のフォルダが全部消えたわ!
ファーガス、どういう事なの!?」
クラウリーが悔しそうにパソコンを見つめ、歯ぎしりすると言葉を捻り出す。
「これはウィルスだ。
メールを開くとパソコンがウィルスに侵されるタイプのものだな。
あの三人の中でこんな芸当を出来るのはサムしかいない…!
あんのヘラジカめ!
折角、カスティエルの償いとして、私が日本で一人旅をさせてやったのに!」
「そんなことどうでもいい!」
ロウィーナの雄叫びにクラウリーがビクッと身体を揺らし、恐る恐るロウィーナを見る。
ロウィーナは魔術の用意をしていた。
「か、母さん…?
何を…始めるのかな…?」
「あの賢人の基地には私は招き入れて貰えないと入れない!
ファーガス、お前もそう!
だったらお前の記憶からキャスとウィンチェスター兄弟の記憶を引き出して、フォルダをまた作成するのよ!」
クラウリーがみるみる青ざめていく。
「母さん…まさか私にまじないをかける気なのか?」
「そう言ってるでしょう、この馬鹿息子!
クラウリー旅行会社の社長はお前。
お前の落ち度でこうなったと思わない?
あの『償い』の提案を私にしてきたのは社長よね…?」
じりじりと静かに迫力を増すロウィーナに、クラウリーは逃げることを諦めた。
サムは良い気分だった。
サムが送ったピンポイントに効くウィルスは、チャーリーに教えて貰ったものだから完璧だ。
サムはディーンとキャスと三人で夕食を終えると、シャワーでは無く、ゆっくりと風呂に浸かった。
上機嫌でキッチンから瓶ビールを片手に自室に入ろうとした時、ディーンの声が聞こえて、サムはディーンの部屋の扉を見た。
ほんの少しだが扉が開いていて、声が漏れている。
用心深い兄貴にしては変だ…。
何かあったのか!?
サムはそう思い、即座に銃を構えながらディーンの部屋へ足音を立てず近付く。
「海を走っていた時、君は私に何か言った。
何を言ったんだ?」
キャスのいつもと変わらない淡々とした声。
「ああ、それはさ」
ディーンが照れ臭そうに答える。
「お前越しの海は綺麗だって言った。
ただ、それだけ!」
「ディーン…!嬉しいよ」
「あと…そのネクタイ…似合ってる」
「突然消えた私がお土産なんて貰えるとは思って無かったから、本当に嬉しい。
ありがとう。
それにこれはシルクだ。
クラウリーが皇室御用達の店で買っていたと教えてくれた。
高級品なんだろう?」
「べっ別にいーだろ!
俺が買いたくて買ったんだから!」
「それにネクタイを締めてくれた…嬉しくて泣きそうだ…」
「だってお前、ネクタイの結び方いつもおかしいから…。
それにお前だってわざわざ日本に飛んで、原宿で虹色の巨大綿あめを買ってきてくれただろ」
……ん?日本に飛んで…?いつ?
合流した時は巨大綿あめなんて持ってなかったよな…?
サムが記憶を辿っている間にも、ディーンとカスティエルの会話は続く。
「インパラのトランクに入っていたお土産の綿あめを見たよ。
綿あめはもう食べられる状態では無かった。
私のせいだ。
私が君を三日三晩離さなかったから。
でも君を悲しませたくなくて、同じ物を買った。
お土産用では無い、本物を」
「…うん。ありがとな」
「ディーン…」
「馬鹿!押し倒すな!
綿あめが潰れる!」
「では一緒に食べさせてくれるか?」
「…当たり前だろ!」
「ディーン、愛してる」
「…知ってる」
そして楽しそうに綿あめを食べる二人の声が聞こえる。
サムがハッと我に帰る。
銃を構えてディーンとカスティエルの恋人同士のイチャイチャな会話を盗み聞きしていたことを。
サムは独り赤面しながら、自室に入る。
そしてカスティエルが飛んで日本の原宿まで行ったのは、食後だと推理していたら馬鹿馬鹿しくなった。
けれど今頃クラウリーがロウィーナにどんな目に遭わされているかを想像して、何とか溜飲を下げる。
そしてサムは、クラウリー旅行会社の末路を考えながら、リラックスして眠りについたのだった。
~Fin~
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