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第1話
それは一本の電話から始まった。
「ディーン、助けて!」
ある静かな秋の終わりの夜。
サムは自室で読書をしていた。
前々から読みたいと思っていた超大作映画の原作だ。
かなり分厚いハードカバーだが、それこそ読み応えがあるというもの。
この原作を先に読みたくて映画はまだ観ていない。
このところ狩りは小物ばかりで、長くても1週間、短ければ二泊もすれば片付く。
それでも狩りは殺るか殺られるかの緊張の連続だし、面倒臭い調べ物になるとディーンは平気で「じゃあサミィちゃんは調べ物。俺は聞き込み」と勝手に決めて安モーテルを出て行く。
徹夜が続くのも平常運転だ。
だがやっと一週間の休みが取れた。
突発の狩りさえ無ければ。
サムは休みが決まった時、読書三昧しようと決めた。
そして今、前々から読みたかったその本に没頭していた。
そして1時間もしただろうか、「降ろせってば!」というディーンの声が廊下から聞こえてきて、サムはベッドサイドに用意していた耳栓に手を伸ばした。
今日は日曜日だったな…と思い、サムはゲンナリする。
何故なら狩りの無い日曜日には、ディーンとカスティエルはディーンの部屋に籠って、一日中ベッドの上でイチャイチャしているのだ。
そういう時は、カスティエルがディーンの部屋にバリアを張るせいで、部屋の中で何が行われているのか音が全く聞こえないので、幸いなことに推測するしか無いが、初めてそういう日を過ごしたカスティエルにサムは『強制的』に散々惚気話を聞かされたので事実だろう。
しかもセックスをした後は、カスティエルは必ずディーンと泡風呂に入って身体を洗ってやる。
これも「初めての時からの習慣なんだ」とカスティエルからサムが『強制的』に聞かされた惚気話に含まれていた。
だがサムには一つ分からない事がある。
カスティエルは行きは浴室まで飛んで行くくせに、帰りは何故かディーンをお姫様抱っこして歩いて部屋に帰りたがる。
その度にディーンの「降ろせ!」と反発している声が聞こえるが、ディーンが本気で暴れればカスティエルは止めるだろうし、そういう訳でも無いということは、サムからすればイチャイチャに変わりない。
だがある日、「降ろせ!」が二回と、バスローブを着てウトウトしているディーンをお姫様抱っこして廊下をスタスタ歩いているカスティエルに偶然出くわした時、サムは堪忍袋の緒が切れ、翌日ディーンに買い物を頼んで基地から追い払いカスティエルを自室に呼び出した。
「ディーンとキャスは恋人なんだから、恋人らしい休日を過ごしたいのは分かる。
でも僕は兄貴の性生活なんてこれっぽっちも知りたく無い!
共同生活してるんだから最低限のマナーは守ろうよ」
カスティエルが首を傾げる。
「マナーは守っている。
以前君にも説明したが、私とディーンが部屋に籠る時はバリアを張って、私達が何をしているか誰にも知られないようにしている。
これ以上何をすればいい?」
サムはため息をつきたくなるのをぐっと堪える。
「この前、キャスとディーンの風呂の帰りに偶然廊下で会ったよね?
キャスはディーンを抱っこして歩いてた。
ああいうの見たく無いんだ。
出来れは帰りも飛んでくれないかな?」
「嫌だ」
即答するカスティエルにサムが言葉に詰まっていると、カスティエルがサムを睨みつける。
「君はさっきディーンと私は恋人なのだから、恋人らしい休日を過ごしたいのが分かると言った。
嬉しいよ。
それなのに、なぜ風呂上がりのディーンを抱きかかえて廊下を歩いている私の気持ちが理解出来ないんだ?
セックスの後、恋人を風呂に入れて洗ってやる。
そして抱きかかえて部屋に帰って寝かせる。
どれも恋人の特権だ。
それに私とディーンは風呂上がりだから、清潔で、君に不快感を与えない。
但し風呂に向かう時は、ディーンも私もぐちゃぐちゃだから、君に会わないよう気を使って飛んで行く。
これ以上何に気を使えばいいんだ?」
「……えーと」
サムは頭をポリポリかくと何とか言葉を捻り出す。
「つまりさ…キャスとディーンが清潔な状態なのは分かるよ。
でもさ、キャスにお姫様抱っこされているディーンを見ると…その…君達が…いや兄貴が君とセックスしてたんだなって連想してしまうのが気持ち悪いんだ」
カスティエルの瞳がカッと見開かれ、青く光る。
「ディーンが気持ち悪い…?」
「ままま待って!
えーと今のは言葉のアヤでっ!
人間は身内の性生活を具体的に想像したりしないというか、したく無い生き物なんだ!
でもキャスが風呂上がりのディーンを抱えて歩いているのを見ると嫌でも想像してしまう…だから控えて貰えたらなあなんて…」
カスティエルの瞳から青い光が消え、カスティエルがフッと笑う。
サムが胸を撫で下ろしていると、カスティエルがサムの腕をガシッと掴んで言った。
「普通の人間ならそうかも知れないが、君は天界や地獄、怪物にもその名を轟かすサム・ウィンチェスターだ。
そんな事ぐらいで動揺するなんて君らしくない。
感受性をもっと鍛えた方が良い」
サムがポカーンとしていると、扉を開く音と同時に「ただいま~」とディーンの能天気な声がした。
そんなこんながあっての日曜日。
サムはあのカスティエルとの不毛な話し合いから理性的に考えを切り替え、ディーンの声が聞こえたら耳栓をするというシンプルな答えに辿り着いた。
そして耳栓を手にしたまさにその時、スマホの着信音が鳴った。
画面を見るとチャーリーだ。
サムが素早く電話に出る。
「チャーリー!
久しぶり!
どうしたの?こんな時間に」
『サム~聞いてよお…ディーンに何度電話しても出てくんない~。
どうなってんの~』
チャーリーは完全に酔っ払いの口調だ。
「ご、ごめんね。
兄貴は…その…デート中なんだ。
マナーモードにしてるか、電源を切ってるじゃないかな…?」
チャーリーは『ふんっ!』と言うと、酒をぐびぐび飲んでいる気配がありありとサムに伝わって来る。
『恋人ぉ~?
私なんて失恋したんだよー!?
あっちから告白してきたくせに…そりゃまあ私も目を付けてたよ?
だから告白されて超嬉しかった!
んで付き合ってラブラブの半年で、絵の勉強がしたいからイタリアに留学するとか言い出してさ~。
私を愛してるけど芸術は捨てられないとかなんとか言って、空港でディープキスかまして飛んで行っちゃったんだよ!?
こんなのってある!?
振るならキッパリ振れよぉおおお!』
サムは眉間に皺を寄せると、目元を摘んだ。
…チャーリーは失恋の愚痴話をしたくて電話をかけてきたんだ…しかも酔っ払って…僕の読書の時間は消えた…
『ちょっと!サム聞いてる!?』
「はいっ!聞いてます!」
『それでぇ失恋の傷を癒したいワケ!
そしたらなんと今ハマってるゲームのコスプレ大会を見つけたの!
イベントも盛り沢山でさ~。
超楽しみなんだぁ~。
失恋チャーリーに神は微笑んだのさ!
しかも場所はカンザス州だよ!
基地からそう遠くないの…だから、戦友よ!
コスプレ大会の後、基地に遊びに行っていい~?
一ヶ月くらい皆でのんびりしたいー!』
「も、勿論チャーリーなら大歓迎だよ。
でも僕とディーンが狩りに出かけたら一人になってしまうけど…それでもいいなら…」
ダンっとグラスをテーブルに叩きつける音がする。
即ビクッと反応するサム。
『戦友よ…私のスキルを忘れたの…?
二人が狩りで居ない時は、私が基地で調べ物のサポートをする!
まあ調べ物だけじゃ済まないだろーけどね…』
チャーリーはぐふふと笑うと続ける。
『このチャーリーにどんと任せなさい!
分かったか!?戦友!』
「はいっ!分かりました!」
『コスプレ大会は二週間後!
詳しい事は追ってメールする!
以上だっ!』
「了解です!」
そしてブチッと電話は切れた。
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